精神の声と体の声に一致を

「自分は今どうしたいのかがわからなくなったので」と、ご利用くださる方は大変多数を占めます。

頭で「こうしたらいいな」「ああしたらいいな」「あれはどうなるんだろう?」「これはどうなるの?」と思いを巡らせている部分と、

身体の反応が食い違うことというのは、人間が人間であるためにか(いや、原始人はそういった症状はなかったかもしれない)当たり前のように起きています。

ですが、そのままでいると「頭で考えていることが思い通りに進まない」という現象を経験します。

そのような<不都合>や<モヤモヤ><イライラ>を察知したときに、

ご予約をくださるリピーターさんが多いです。

ところが、なんとなく<モヤモヤ>しているのを<否認>して頭脳優位(意思や欲望を優先させると)で行動を積み重ねる中、或る日突然<出来事>や<事件>となって、私たちの前に立ち現れます。

身体の声を聴くのが苦手な方は、理知が優位になりすぎて、身体の声に抑制をかけるのに慣れているために、身体症状に現れやすい傾向があります。

当サロンを長くご愛顧くださっている方は、そのあたりの妙をよく心得ていらっしゃる方であります。<モヤモヤ>が早期段階のうちに、(問題が大きな津波となって現れる予防、事前対策として)駆け込んでくださるわけです。そして<スッキリした>と笑顔でお帰りくださいます^^

当サロンのカウンセリングでは、今ここで生じている小さな<違和感>にも丁寧に留意を払い、アプローチします。言葉にまだならない感触や微細なエネルギーを一緒に拾いあげて、とり扱います。ご当人に取って無自覚であればあるほど、深く重要なテーマが隠されていることはよくあることです。

<一緒に>取り組む価値は、当サロンのカウンセラーが、心と精神の働きをめぐって<微細なレベル>にあるものが<何か>を認識できるだけの訓練(情報のインプット)を繰り返してきているため、クライアントの方にとってはまだ五感にまで登ってきていない要素にも、言葉を与えていくことで、その方の<ありのままが何か>をつぶさにフォローアップすることができる点にあります。

「自分で対話できているから大丈夫」とおっしゃられる方もいるのですが、特に関係のテーマが隠されていたり、問題に感じているケースは、自分一人の世界観の外に鍵があるのに気づけていないから、関係の問題があるということを忘れない方がいいでしょう。一人で取りくむ内部対話だけでは、残念ながらケアしきれるものではないのですね。自分の世界観の外に答えを見つけ出すために、相対的な存在(専門家)を役立てられると、心と精神は健やかさを少しずつ取り戻しいったり、あるいは精神的なバランスが整えられていったりするものであります。

もちろん、カウンセラーの立場としては、<その方の世界観に合ったもの>を探り出すことをモットーとしています。一つ一つ確かめ合いながら、丁寧にワークを重ねます。

そうして繊細な風穴を見つけるお手伝いを通じて、クライアントの方ご本人に取って腹落ちする<解>を得てお帰りいただきます。

****

と、取り組んでいる内容についての説明になってしまいましたが、

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ここでちょっぴりコーヒーブレイク🌟日比谷・帝国ホテルのカプチーノを撮り下ろしましたよ^^(ムードを楽しんでね)

実は今日は以下のことが言いたかったのでした^^

身体の声も尊重して生きることを大事にした時、

自分が想像しているよりも、身体が重かったり、

緩慢だったりすることは実はこれまたよくあります、ということ。

意識のほうはいかようにも(無限大に)広がろうとする傾向があるかもしれませんが

(想念はどこまでも自由に飛べますからね)

肉体のほうときたら、非常に制限のある現実世界に存在しています。

身体のペースを無視して、精神(夢見)の実現はありえません。

身体と精神とともに足並みを揃えてライフスタイルを築くことができる時に、

効果的な(たとえそれがのんびりペースであっても、結果的には無駄のない)

行動が生まれてくるわけです。

さもないと精神は突っ走りたいけど、身体が言うこと聞かないよーと言って、その問題でモンモン、もやもや、イライラして、時間だけが過ぎてしまうのであります。

(もったいない!)

そこで、当サロンでは、この精神の声と身体の声の合致を大事に探っていきます。

身体ののんびりさに悲鳴をあげるせっかちな精神があるとしたら、その精神の言い分にも丁寧に耳を傾けて、精神も身体も納得のいく、第3の道をいかに引き受けていただけるのかを探り出し、見つけ出し、お話し合いします。

特に、精神世界(あの世)の広大な広がり指向をお持ちの方は、それを自覚した時、とみに「身体が重くて」とおっしゃいます。

その時、私は

「身体のペースに合わせてください。眠たければ、しっかりと横たわってください。目的は、起きながらにして、そのワイドな(宇宙)意識が、当たり前である状態を掴み取(マスターす)ることであり、そのためのトレーニングと思ってください」

とアドバイスしております。

こうして、グラウンディングは達成されていきます。心技体の境地でもあります。

精神を肉体に宿して天と地の間に人間としていかにたつのかが見えていくプロセスとも言えます。

かくいう私も、この過程にいた時、ベッドを配置して、横たわりながらお話を伺っていた時期がありましたね^^

この境地に入るとどうなるか?

私の体験的コメントを述べるなら、

いろいろなことを思い患っている場合ではなくなりました。圧倒的に生きるのは楽です^^

老境・仙人のような気持ちでもあります^^

ただ1点、自分の魂のお仕事のことにしか意識が向かなくなりました。

妙なこだわりや欲や怯えが山ほどこそげ落ちました。

平たく言うと良い意味でいろいろなことがどうでも良い。すべて自然にお任せ。

天の采配がすべて。(実際、タオセラピーや霊能カウンセリングを通じて、多くの方を観察しておりますと、私たちの存在は自然の気運通りに振り回されているに過ぎないと、悟ってきます。ただし、それを<どのように受け止めるか>の環境と意識の器の整備が、現実を大きく左右するのですけれども)

ここに至るためには整理整頓(私はどのような存在であるのかの吟味と浄化・魂のお洗濯)は山ほど繰り返しましたけれども。

「夜寝ている時の感覚で、生活ができるようになっていて、かといって寝ぼけ眼でもない。集中力が研ぎ澄まされていて、足元がしっかりと見えていて、一歩一歩に確かさがある感じ」とも説明しています。

一度きりしかない人生ですものね。

できる限り自分になることに挑戦して死んだ人と、言われて<あの世>にかえりたい🌟

それが私の魂の夢のひとつです^^

なぜなら、その境地に至ると、あらゆることを許せる愛の人になるという意味であると、

私は心理カウンセリングの真髄を知的に学んだ時から直感的に悟っていたからです。

「ああ、それこそが私の求めていたものだ」と。

また援助職者としてのクォリティとはこの度合いに比例するとも。。。

(もっとも、ご縁と相性は力量を超えて大変重要な要素ですから、私がすべての人に有効な存在たるため、という意味ではないことはお断りしておきます^^あくまでも私と相性の良い方に取って、最高の存在であることを追究している、と。それがまた人間の限界を謙虚に知るということでもありましょう)

さてさて今日はこの辺で。

みなさま、素敵な1日になりますように。

GOOD LUCK🌟

幻想を打ち破れ

問題は、全部、幻想のせいです。

私たちは独自の世界観を持っていて、その中にはコンプレックスといった

独特な「こだわり」と「負い目を感じる部分」があります。

コンプレックスにタッチする時、私たちは必要以上に、判断が鈍ります。

自分の身を守ろうとする機能が働くからなのですが、

その時、残念な事に、真実はど無視・正反対の判断状態となります。

そして、わざわざ自分を傷つける方向に物事を解釈しようとします。

そしてそれを信じて全く疑わないのです。

ああ、思い出されてきます。20年前、私は本当に自分に自信がなかったし、

ましてや異性関係は大の苦手で、異性に愛される要素がないと思い込んでいまして、

そのくせ、積極的に男性と関わろうとしていたわけですが

大好きな人に言われた「君は僕にはもったいない」の言葉を、間違えて読んでしまいました。

まさかそのセリフもコンプレックスからきているとは

毛頭、みぬけるだけの心理状態ではありませんから

「ああ、私のことが嫌いだから言ってるんだ!」って、

これまた案の定、自分のコンプレックス通りの読みをして、意気消沈、

しかも今ほどの「愛のねばり」のない私でしたから、

あっさり「諦めて手放してイジイジおしまい」にしてしまったのですね。

おまけに最悪な事に、私は母親にこの話をしたら

「そりゃ、ていのいい断り文句でしょ」と言われたものだから、

すんなり「やっぱり!」とジャッジ、一人じくじくとハートブレーカーに浸ってしまったのですが

冷静に考えてみれば、母親も異性に対してコンプレックスのある人間だったのでした(苦笑)

そんな言葉を信じちゃいけない!(笑)家族の血は争えません!?気をつけなきゃね。

対処法としては、自分にあるコンプレックスの種類をしっかりと把握しておいて

心が動いたら(揺れたら)「あ!また、コンプレックスに引っかかって、真実と逆の解釈を自分はしているんだろうな」と予測をさっと立てることができるようになることでしょうか。

基本的にコンプレックスが無くなることはありません。

それは一生付いて回るものです。ですが、

それを軽く小さく手のひらの上で転がすことができるようになると、

目先の事で振り回されることも少なくなります。人間が練れてきたということができるでしょう。

その他の対処法としては、いちいち自分の色眼鏡で判断しないことです。

すべて、そうかもしれない、いやそうでもないかもしれない、

あらゆる可能性ののりしろを想像して欲しいところです。

自分の判断と正反対の可能性を信じることのできる力でもあります。

さらに熟練してきますと、

「無我の境地に入って、本質の声に耳をすましさえすれば、真実が読み解けてくる」

ようになります。

私はこれを「以心伝心」の関係と呼んでいます。

表面的な出来事で一喜一憂しない、ふか〜い関係のことです。

ご相談くださる皆様お一人お一人に、この豊かな生き様を掴み取っていただきたく

日々、お手伝いさせていただいている次第です。

つくづく人間て奥が深くて複雑で、面白いなあと、興味つきない今日この頃なのでした。

今日はこのへんでおやすみなさい🌟

GOOD NIGHT🌙

恋の完全燃焼を!

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自然の美しさはそのはちきれんばかりの生命力かなーと見とれます。<私は私!>誇らしげなその佇まいに習うもの多しです。

表現や行動をし残したままでいる時、人はナーバスになります。

すべてのことにおいていうことができますが、

「上手くいくかどうか」を思いあぐねたり、気遣ったりしすぎるあまり、

表現できないままでいたり、行動できないままでいたりするとき、

置き換えとしておかしな行動に取って代わってしまうこともあります。

大切な事は、<自分のエネルギー燃焼>です。

人は生まれて、いつか死にます。いなくなります。

もしも中途半端にやり残したままにしていることがあると、

その問題が、ちらちらとその人の進行過程に登場して、

前進やステージアップを阻んできます。

死ぬ間際になって後悔することが残っているのも人間かもしれませんが、

できるだけ後悔ないように、その時できることを恐れず取り組む中で

展開される現実を眺める人生もあるわけです。

何度も失敗を繰り返しながら、表現したいことをコツコツ積み上げるからこそ、

「出来上がり」「仕上がり」「完成」「締結」を見ることができます。

失敗のない成功はありません。失敗を重ねるから成功があります。

失敗が成功に変わるためには<調整>を重ねればいいだけです。

ゴールドメダリストのフィギュアスケーター羽生結弦選手は、

どの選手よりも失敗の中に恐れず飛び込んでいるという記事を読んだことがあります。

 

恋愛の相談で、傷つくことを恐れすぎるあまり、言いたいことを言うことできず

悶々として、しまいには「占い師を次々と渡っちゃ、うまくいかないとだけ言われて、凹んで、傷だけ増えて」というような話もとても多いのですが、

ファーストステージとしては、自分の気持ちに忠実かつ大事にすることが充足の鍵になります。

セカンドステージとしては、その気持ちを、相手の立場を考慮しながら、

相手に伝わる言葉(相手の自我を守った形)に変換して述べるという、技術が必要になります。

愛ある関係性のグループワークで磨いていくのはこのセンスになります)

そのようにしっかり自分の気持ちに従って行動したり伝達したりしないと

ずるずると引きづり続けて、何年ということは平気で起こります。

一生懸命に蓋をしたつもりだったのが、

30年たったら突如思い出されて、思い出されて、

(タオセラピーの見地から、これは起こり得る話なのです。

30年で自分の自然エネルギーと180度反対のエネルギーが回ってくるからであり、

その時人は、自分がそれまでとっていた姿勢をガラリと変換させられる

気運のアタックに見舞われるからです)

恨めしい気持ちがこみ上げるというケースを伺ったこともありました。

気持ちは自分のために、相手にちゃんと伝えといたほうがいいですよー。

あとはご縁とか、自然の神の采配によるところも大きいわけですが、

そのご縁の種を付けるものは、やっぱり人の心であり、

その心から生まれる言葉ですからね。

ーーーかくいう私ですが、相当なビビリです、

怯えて言えないよっという方の気持ちもよ〜く共感できたりします。

でもそれは自分の心の弱さと欲の課題であると、タオセラピーで進むべき方向性を明らかにして以降、欲望の借金を増やさないためにも、積極的に気持ちを相手に伝える努力をしております^^

20年前に好きな人に会えるかしらと夢を見て、その人が勤める会社のある駅近の喫茶店でバイトしたことがありました。「偶然を装おって会えたら嬉しい」と非常に乙女な発想だったのですが(苦笑)、結局、一度も会えませんでした。しかもそのことを本人にも一度も伝えていなかったのですが(あまりにこっぱずかしくて)、去年の夏、やっと言えましたよ。頑張ったのです、私。

言われた方はどう思ったか知りませんが(何も言ってくれない)、悪い気はしてないのだろうということだけは理解できております。

目的は、相手の警戒心を解いて、私のその人に対する気持ちについての信頼性を感じてもらうためだったのでした。ちょっとは功を奏している気は勝手にしています。

欲望とは反対方向に運は宿る、ということについてもしみじみ考えさせられる、夏の夜なのでした。

ここまでは「恋」のレベル。

「愛」となると、そのキャッチボールを積み重ねながら<育む>中で育つものですからね。

「恋」止まりで「あの人とうまくいかない」、

といい終えるのも、何かもったいないものがあります。

努力すれば生まれるかもしれない「愛」の可能性があるご縁などのケースでは。

ただし、関係に於ける努力とは、自分の世界観の外に踏み出す勇気とタフネスが求められますから

「心の器」を育てることも、ポイントになります。

今日はこの辺で。

GOOD LUCK 🌙

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たまには顔写真もUPしてみたり。

 

 

幸福な自己世界への扉

不思議なことがありました。

ランチに出かけたら、突如、眠気に襲われたため、私もついに病気にでもなったかしら、と困った気でおりました。

そして、しばらくして、隣の席の方がお帰りになられました。

すると驚くことに、先ほどまでの眠気がスッキリ!

あれ?! 自分でも驚きました。そこまで、周辺の気を無意識に受け取りやすい体質だったとはね。

おそらく、その方がご病気を持っていらっしゃったのだと判断されました。

今度から席を選ぶ時も気をつけようと今日思いましたが、その時まで、そこまで自分の身体反応がカメラオンだとも思っていなかったものだから、うっかり拾ってしまったのでした。

視界の左右180度圏から外れたところにちらっと見えていただけだったのですけどね。

サロンにいらしたクライアントの方の「気」の状態が、私の身体チャンネルに入ってくることは

私にとっては自然で、その変異に鋭敏になることで、お仕事に還元しているのですが、

レストランでもそうなったのは初めて。電車の中ではよく起きることだったので

車内での意識の防御体制を上げる訓練を積んできましたが、

今日は本当ちょっとびっくりしたのです、自分に。

気をつけないと、私の身体が危険( ;´Д`)。

今日のその方のオーラに光のエネルギーを送って無意識レベルで癒してあげる気持ちで、

空いた時間、休息を取って、身体疲労の回復を行いました。

思い煩いやすい性質を私も持っているので、日頃から気をつけていることがあります。

それは、「できるだけ頭からっぽ」になれる工夫をすることです。

そのうちの一つとして好きなのが、カフェタイムです❤️

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こうやって写真をとるのも趣味として好きな時間です。私にとっては、この一杯のコーヒーの写真に夢とドラマがたくさん詰まっている気がするからです。

今日はウィンナーコーヒーを一杯いただきました。

ほろ苦いコーヒーにミルキーな甘みあるトロりんクリームがとろけて・・・

お口の中にほっこりとした優しい風味を運んでくれます。

面白いなあと思うのは、仕事の事など「どうしようか」「どうしたいか」などとかく意識を回すことが多く、昔からともすると「考えるのが趣味」みたいなところがあるのですが、

カフェタイムだけは、夢心地に誘われて、脳みそがふっくらと緩むのですねえ。

幸せだなあと思います。

夜、寝る時も幸福感があるのは、寝ている時というのは何も考えない、無心の境地だからですよね。

(といっても、夢の中で夢分析したりする自分も好きなのですが🌟)

基本的に、「自分の魂が今何を求めているか」を割り出したら、あとはそれを実行すればいいだけで、その時に「どうしよう、うまくいかなかったら」とか「あの人は今私のことどう思っているのかしら」とか、目の前にないもののことに意識を奪われるのは、せっかく「無心になれれば幸福なはず」がもったいないのであります。

もちろん人の心は複雑ですから、そうは問屋がなかなか下ろしてくれないことにこそ意味ある時期というのもあるから、そういう時はとことん「思い煩い考え悩む」ことを趣味として楽しむぐらいの主体性があったほうが功を奏すであろうと思われますが。

放っておくと、他人のエネルギーにあっという間に感電しやすい私は、

こうして自分の内的な世界の充実を長らく大切にしてきております。

そうすることで、自己と他者の境界を意識しやすくなるからであり、

自分と他者の間にしっかりとした壁を感じやすく、

自分自身の安全・安心世界にとどまりやすくなるからです。

自分の内的な世界だけを追いかけて女性が憧れる生き方を全うした方の一人としては、

イギリスの故人ターシャ・チューダーさんを挙げられますよね。

私はあの方ほど造園に興味を感じないのですが、

内面世界を大切にーーー自己愛を大事にーーーした結果、

たくさんの方に感動を与えたという意味で、とても尊敬していますし、

目指している姿勢の一つであります。

この世にはいろいろな形の幸せがあると思いますが、

私にとっては「無心の境地」を日常で感じながら生きられることが、すこぶる幸せな人生であると思われます。

仕事や他者との関係の中に見だす幸福ももちろんありますが、

それは一時的なものであり、すべてはうつろうというものの見方が自然であり、その中にあって

幸せの照準を何処に絞るのかは、人の価値観に左右されるのでありましょう。

裏を返せば、仕事や他者との関係も、一時的なものであるからこそ、

その瞬間の幸福を最大に噛みしめることもまた、豊かさの醍醐味であると私には思われます。

例えば、先日私は両親と家族旅行に出かけましたが、

「今が人生のハイライトなのだろう」と意識しながら、

常日頃感謝の気持ちで、その瞬間を最大に楽しんでいます。

クライアントの方との関係もそうです。そもそも一期一会という言葉がありますものね。

好きな人との関係も、一瞬一瞬がかけがえのない<最期>と思って、実は関わっていたりします。

いろいろな方の人生を耳にすればするほど、理屈ではどうにもならない運命のいたずらというものが存在し、いつどこで誰がどのようになってもおかしくないのが、この世である、という見方が日増しに強くなってきています。

だからこそ、今目の前にある、あたり前も、ちっともあたり前なんかではなくて、

千載一遇の森羅万象の奇跡の中にある恵みなのだなあと、捉えるように心がけていますと、

状況は何も変わらなくても、心はいたって平穏、無心、無我に恵まれるから、面白いなあと我ながら感心しながら自己観察をするのでありました。

ではでは今日はこの辺で。

明日も素敵な1日になりますように🌟

GOOD LUCK♪

 

 

 

愛は育んで(男女の修行の違い)

恋愛のご相談は多いです。

私が強調したいのは、愛は育むものであるということです。

特に、大事に考えたいのは、

とかく現実を追いかける女性の修行ポイントは、「精神的になること」であり、

とかく夢見て精神性を追いかける男性の修行ポイントが「現実的になること」であるという、

東洋思想のものの見方です。

多くの女性の主訴は、相手が現実を見てくれない、という問題です。

その時の特効薬は、一旦女性が、相手の精神世界(夢見ている世界)に寄り添うことです。

ペースを合わせるのです。

そしてそれをしばし一緒に楽しむのです。

そうすると男性は、心が緩んできて、徐々に女性のペースに巻き込まれてくれるようになります。

そうやってちょっとずつ現実との接点を与えていくのです。

多くの男性の主訴は、相手が現実ばかり求めてきて、愛の夢(刹那)を楽しんでくれない、という問題です。

もしも男性が女性に愛の夢を求めるのであれば、一旦は女性との関係に現実的な枠組みを用意することは必要でしょう。

それで男性が女性に贈り物をしたりすると、女性は一気に相手に愛を感じやすくなります。

マンションを買い与えたりなどの話もこういうところから出てくるのでしょう。

その時に男性は合わせて、ちゃんと、自分がどのような愛の夢を見ているのか、伝えることができると、上手に巻き込むことができるでありましょう。

それを伝えずに「女性がいつまでも現実的すぎて困る」というのはどうしようもないのであります。

ちなみに私は、この「私はあなたの精神的に夢見ている関係性に添っていますよ」というのを立証するのに、3年はかけてきています。

最初の年にこれを口にしてから「本当にそうかどうか?」、相手が警戒しているのを感じましたので、有言実行しましたよ。

おかげなのか最近やっと徐々に、心を開いて

「起きていることをあるまま言葉にしてくれる」ようになったので、

わかりやすくなってきました^^

といっても買ってきたお土産、賞味期限付きのものを送ろうか?と聞いたのに対して

「美味しいだろうけど、多分作らないから、食べて」というような程度ですけど(笑)

それでもはっきり言ってくれると全く助かります。

それまで私に警戒があるうちは

「こんなこと言ったら誤解されるかもしれないから、何も言わない」

というスタンスでいたからなのか、暗黙のうちにいろいろなことをやり過ごしすぎてくれるため

一体何が起きているのかがさっぱりわからずこちらも困りました。

もっともここでも賞味期限付きのお土産という現実はいりません、と断られているわけですがw

ま、粘り強く、関係を育むとは、草花を育てるのと全く同じ。子育てもそうですし、

ペットの飼育も一緒。

一足飛びに、惚れた腫れた、それ結婚しよう!という恋愛関係を夢見ている方がいるとしたら、

そのあとに必ず、この男女の違いからくる修行ポイントの壁にぶつかることになり、

みんなそれぞれに乗り越える努力をしないことには

どうにもならないプロセスが待ち受けているのであります。

どのタイミングで、この過程を経験するかは、カップルによって様々ですけど。

いずれにせよ、表面的なことでめげていては、大事なものを見失うので、お気をつけくださいませ。

皆様のGOOD LUCK🌟 を願っております。

今日はこの辺で🎵

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「金雲木立」という名の九谷焼を、加賀温泉駅で見つけて、一目惚れ買いしました。二羽の連れそう鶴が素敵です。現地で工芸品を求めると、激安であるということを生まれて初めて知りました。この高品質でたったの6500円!日本旅行の喜びを見つけてしまいました^^(そこ?!w)

 

 

 

 

厄介な私の有効活用秘策

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一人の心の中にたくさんの<私>がいると感じられる方は少なくないでしょう。それらのどれかを優位にするのではなく<すべて>を協奏曲のようにまとめ上げていくことが、人生の深みであります。

魂の世界は、合理ではまとめられません。

それゆえ「アート」の極致でもあるわけです。

「愛の粘り強さ」も欠かせません。

心技体という言葉がありますが、一見、

物事をひゅんひゅんと回転させられているかのように見える方であっても、

よくよくお話に耳を傾けていくと、

身体の声と分離したまま意識だけで突っ走ることのできる方というのは少なくありません。

(むしろ、多い)

行動の矛盾や無理の積み重ねとなって、それが現れたり、はたまた身体症状となって

その不一致さを時間の流れの中で経験させられるケースがほとんどです。

世界にはいろいろな体質の方がいるわけですが、

私は、今の職業の生命線が「自己一致」にあると悟ってから

「身体の声」にすこぶる耳を傾けるようにしています。

ともすると意識が分裂して、「身体の声」を見失うこともある方ではありますが

タオセラピー(自然エネルギー)レベルから、

いろいろな方を拝見させていただいていると

「こりゃ、身体の声はさっぱり感知できづらいだろうに」

という気質で生まれている方もいらっしゃるわけでして、

そのタイプに比べたら、割と「身体」が正直に反応を示します。

「思い通りに身体が動かない」という形になって現れることが大概です。

今日もそれは起きました。

「書きたい原稿を進めよう」と勇んでいましたら

「身体」が疲れているように重たくて、眠さの極みなのです。

たまたま電車の中で見かけた広告に、

「眠いのは血が少ないから」というような本の話がありましたが、

真剣に考えてしまいました。「血を増やせば、私、どうにかなるかしら?お米?睡眠?」と。

それも少しはあるのかもしれませんが、よくよく内観(インナーワーク)してみると

「いじけている私」「自己憐憫の私」がいました。

それは私の中のごく一部ですが、存在するからには、

私の前進力を阻害するパワーであることには違いありません。

なぜかというと、「いじけている私」は、現実に対して後ろ向きの姿勢だからです。

それをそのままにしていると、私の身体は動けないままになりますので、向き合います。

「いじけている私」の言い分は、次の通り。

月日ばかりが流れたが、私は結局、何も生み出していないじゃないか。

ーーーそれは思い込みですよ、

「十分に見識も深まり、たくさんのクライアントの方に恵まれ、その方々の発展に寄与してきているではないか」「今ある部屋(空間)こそが生み出されたものではないか」

ということはできますが、論理的にそう示しても、この部分に対しては有効ではありません。

「どうしたいの?どうしたらいじけや哀れさを感じないで済むの?」と質問をします。

答えは「旅に出たい。現実の何もかもを忘れられる、自己と比較してしまうすべての存在から姿を消し去ることができるから」というのです。

そりゃ、確かにそうなのですが、いろいろ計算をしてみたところ、一番私に取ってそれを実行させられない理由の一つには、愛犬の存在があります。

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僕には罪はないの僕は無邪気なの^^

一緒に連れて行く旅行プランとなると、もう少し私はセレブである必要があります(笑)

どうしようか、困った〜と向き合っている時、ふっと浮かんだのは次のことでした。

「その心境は非常にポエティックなものであり、人間の普遍的な悩みの一つでもあるのだから、それを題材に作品に変えて昇華させればいいのでは?」と。

そこまでわかっていても「動けない」となると、なにか、別因子があるに違いありません。

暫定的に対立エネルギーの仮説を立てて問いかけます。

「もしもどこかに書かせない理由がまだあるとしたら、どんな私?」と。

すると次に登場したのはナマハゲのような顔をした「鬼ママ」でした。

「あんたは浮かれポンチの性質を持っているから、伊達に人から評価されるものを発信したらダメだ。評価されたら人間が悪くなる」というのです(T−T)

これまた幻想!これまたなんたる決めつけ!

確かに私は気質レベルからバランスの悪さを所有していますが、年月の経験と共に随分と精錬してきたと自負しております。そして、その見解に対する自己信頼度は100%です。

掘り下げてみると、結局は「鬼ママ」が臆病者であるために生じている自己批判の声、という見解に至りました。

臆病者のケア方法は、それが安心できる世界に意識のフィールドを設定することにありますが・・・。

「鬼ママ」がちょっぴり厄介なのは、私の中の「鬼ママ」は臆病者のくせに、安心できる世界を特に所有しておらず、ただ感じるまま文句をつけている時だけが、安らぐと言う性質でした。(苦笑)

ちょっと実験してみたのですが、ナマハゲ顔の「鬼ママ」が安心できるか?と思って、金庫の中にしまってタンスの中にしまっているイメージワークを試みました。ところが、金庫の中からダミ声がギャーギャーと飛んできます(笑)(タオセラピー的に見るとこれは私の「天南星」と土性がかけ合わさってできたものであるように感じられました)

そこで私は考えました、その性質をあるまま効果的に活かそう!というのが魂の道の基本戦略です。伊達に蓋をしても功を奏しません。なぜなら、それはエネルギーの燃焼を求めて「ある」からです。

次はクリエイティブに創造します。主体者にとって都合のいい「活かし方」を考えます。

「鬼ママのガミガミが活きる場所ってどういう場面だろう?」

浮かんだのは「台所」でした(笑)

「あんた、台所が散らかってきたよ!」とか

「もっと野菜を揃えておきなさい!」とか。

ここにガミガミダミ声で活を入れてくれると、

とかく仕事で疲れて「気」の回りづらい「台所」にも生気が吹き込まれやすくなります。

今度から「鬼ママ」は「御台所様」として活躍してもらうことに決定!!

(ほんと、原稿書きにガミガミしても、いい事は何もなしなんですもん)

すると、私の「原稿書き」エネルギーもスーッと流れ始めました🌟

そして、「台所」整理整頓も、昨日までやや億劫だった部分があったのですが、

<御台所様>出現のおかげで、より楽しく腰も軽く精を出せます。

一挙両得に変身☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

本当、私、細かい作りで、どうもスミマセン(⌒-⌒; )

カウンセリングサロン「生きる力」をご愛顧くださっている方は

細やかで感受性豊かな方ばかりなので、

その意味では、私のこの細かさ、おおいに助かっていますが^^

持ち味は楽しむしかもはやありません。

気長に自分と付き合う事にしています♬

幸せに続く魂全肯定の道

人間はとかく矛盾に満ちた存在です。

好きなのに嫌い。

進みたいけど、進みたくない。

目立ちたいのに、引っ込んでいたい。

これらを合理で考えると、どちらか一方に道を譲らなければ、一つしかない身体と人生は

蛇行を繰り返すことになるでしょう。

ですが、魂の道とは、それらのすべてを練り込んだ時に生まれ出づる方向性が

どこに進むことなのか? ある1本の道を指します。

その魂の道を見つけ出すことができると、

<矛盾>をも飲み込み、凌駕して、<矛盾>そのものをも肥やしにして、

生きることができるようになります。

このことを前提として、<深層物語セラピー>のグループワークでは、

メンバー全員(場)の集合的無意識の力を借りて

主体者の意識の外にある<魂としての自分>を発掘していきます。

さらに、その発掘した鍵を

<いかに主体者の生活意識の中に組み込むべく

意識のまわし方やライフスタイルの組み立て方を

調整して整理整頓すると魂の道が浮上してくるか>

ナビゲーションを得ることができます。

毎回、メンバーの深層から浮かび上がってくるビジョンをベースに

その人の運命をあたかも紐解き、予知するかのごとく、

各々<魂の課題>が今このタイミングにおいてどこにあるかをみんなで話し合います。

例えば今晩開催した毎月1回恒例<深層物語セラピー>のグループワーク

私が持ち込んだビジョンは、下の写真の通りですが

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正直、あとは実行あるのみ、の段階にまで入ってきました。

この写真は

左上が、四角いスイカ。前回みんなで深層世界に潜って

ただ浮かび上がるままに紡いだストーリーの中で、

ある方がご覧になったビジョン「四角いスイカ」に

<最も深い私>がフラートされたことから、

このビジョンを可視化したわけです。

そして、ここからがみなさん<お持ち帰りの宿題>なのですが、

フラートされたビジョンを起点に、どのようなワールドが、自分の深みで浮かび上がるかを

インナーワークします。

それが、右上の写真、ひょっとこ踊りでありました。

自己分析されたままに解説すると、四角いスイカというのは、

いわゆる<一般的な丸いスイカ>の常識を打ち破っています。

そこから、ひょっとこ踊りも、ある意味で一般的な既成概念を取っ払って

いい意味で「こだわりを剥ぎ取っていろいろなことはどうでもいいさね〜」の踊りでもあると、

私の世界観の中では認識されているのであります。

(こだわりというのは効果的に作用しているうちはいいのですが、

下手すると、主体者の前進力と現実化パワーを遮る魔物にもなりますから、

注意を喚起することが大切です。

この時にこだわりそのものを無視してはいけません。こだわりがあることを認めて、

自らがそのパターンをマークするのです)

そして私のイメージの中のひょっとこ踊りは、激しく繰り返されます。

何度も何度も、リズムに乗って、忘我の境地に入っていきます。

忘我の境地を突き詰めていくと、そこにあるのは無心の静寂です。

3番目の写真は、先週末出かけた金沢の鈴木大拙館のワンコーナーです。

極シンプルなつくり、緑や水の配し方のおかげで、ただ館内を歩いているだけで

自然と禅の境地に至らせてくれるのに驚きました。

その無心の美の中心にただ全身まるごとつかって、一切周囲の煩雑に気を奪われることもなく。

この<中心点>から浮かび上がること・声・ビジョンだけに、

ただ無心に従い続ける生き方へとシフトしていくのでありました。

このプロセスはあくまでも私の深層世界で起きていることですが、

ではそのプロセスに道を開けて現実を生きるとなると、どうなるか?

非常にシンプルです。

朝起きて、食べて、仕事して、寝る。

悩みは? さあ。それは何でしょうね。

すべてのことはどうかなるでしょう。

自然がそうしたいようになるだけのことですから。

私にはもともと<不安神経症的、強迫神経症的、生活に対する金銭的不安>の大きい人間でしたが、

それも、雲散霧消です。

こんな風に、メンバー全員の現実に起きていることと、その方の深層世界の発達プロセスを

共有し合いながら、僭越ながらガイド役として、

私が調整ポイントを簡単にワークさせていただきつつ

みんなで、深層物語の世界へと潜っていきます。

<頭で考えるな!>が合言葉です。

<ただ浮かぶものを待て!>の姿勢だけで紡いでいきます。

参加者それぞれの世界観が投げ込まれていくのもよくわかりますし、

何度も繰り返すうちに、その方の精神世界が成長していることも見て取ることができます。

意識される<悩み>や<問題>を入り口とするのとも違って、

一気にその人特有の深みから湧き上がる

<世界観のパターン>を全肯定するための調整を試みていきます。

ご本人がまだ認めることができていない<その人自身>を指摘させていただきます。

そうすることでその方の魂にぴったりな<心の器>が養われていきます。

この<心の器>がその人の自然エネルギーにバチッとマッチするときに

幸運を感じることができるために、私はしつこくこのポイントを支援します。

同時にこのグループワークの魅力は、

より多くの人の胸に響く言葉の打点を身体感覚レベルから開発することができる点にあります。

眠れる感性の開発にも優れます。

何回も参加くださっている方が会を追うごとにセンスを上げていかれている様を

観察させていただけるというのは、実に幸せな気持ちにさせられるものであります。

皆様の魂の道を心から応援しております。

GOOD LUCK🌟

今日はこの辺で。