心の闇の奥に息づく愛

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きょうの夜は、毎月1回定例の「愛ある関係性のグループワーク」を開催しました。

参加メンバーの現実で起きている<関係性>や、気になる<関係性>を取り上げながら、

それについてみなさんでワークしたり、話し合ったり、ロールプレイしたりしながら、

<愛あるコミュニケーション>のいろはを身に着け、深めていいきます。

冒頭で、メンバーのおひとりが<上司部下>関係におけるトラブルを語りはじめられまして、

それを受けて「今、私はどのような<気>を感じ取っているか?」と全身のアンテナを研ぎ澄ましながら、耳を傾けます。

口ぶりは「怒り調」でしたが、その背後で伝わってくるものをキャッチします。

とりわけ「この人と関わっていて、今私はどのようなロール(役割)を投げ込まれている(演じさせられている)か?」をセルフワークします。

そこで私が、つかまえたのは「恨み、つらみ」だったのでした。

よ~くうかがってみると、

ジェンダーやランク(立場)に対するコンプレックスがおありとのことですから、

無理もないですね、その関係に飛び出す<気>があり、

それが合理を超えたねじれコミュニケーションを生成したとしても。

(心理学的にいうと心理ゲームともいえます)

コツとしては「おや、この違和感はなんだ?」とアクセスして紐解くのですが、

その方のお話をうかがっていたら妙に

「いびりたい」とか「いじめたい」とか「いじりたい」という気がふっとわいたので、

「どういうことかしら?」と、さらにその

「いびりたい」「いじりたい」「いじめたい」気のなかにもぐっていきます。

そうしたときにやっとはじめて、構図がよめたのでした。

「なるほど~、(説明してくれたそのメンバーがもっている)気が、

にわかな戦闘的(うらみ感)であるため、

<なにくそ、おまえやるか?>という無意識の相克関係が引き出されている」

と逆算されたのでありました。

「なにそれ、深すぎ!!」と、メンバーの方が喜んでくださるのが私は大好き^^

おそらく多くの方が、論理と合理で人間関係を渡るとお考えかもしれませんが、

どんなに論理と合理で正当性を主張したとしても、

別の因子がからんで、理屈通りには進まないことを経験させられることは

やまほどかと思われます。

別の因子とは、何かというと、人の心と言葉の奥に住んでいる

さまざまな感情・情動・気・コンプレックスなどなどです。

論理とはかけはなれた、これらの感情・情動・気・コンプレックスを

<無意識に>腹に抱えた方を前に話をしていると

「ほかの人との間ではこういう気持ちにならないのに、

なぜかこの人との間だとこういうことになるんだけど??」という、

経験をさせられます。

そこで、「なんだ、この関係は!現象は!」という場面で、点検すべきは、

ご自身の見失われた感情・情動・気・コンプレックスなどです。

相手にも同様の気が隠されているからこそ、その問題は強調されるわけですが、

それを見抜くうえでも「今、自分は、どういった心の闇や弱さを感じ取っているか?」と自己点検することが、関係性の突破口を見出すうえでとても役にたちます。

ですが、本人があらゆる人間の心の闇をクリア(向き合い、受容)できていないと、

それに気づくことはできません。

だからその関係性は、永遠にくりかえされることになるわけです。

くりかえされる関係性を離脱するためには、自分の世界観のトラップを見破る必要があります。

そして、そこに隠された自分の<闇>をも

愛する(慈しむ・大切にする・いたわる)ことが大切です。

このクラスは<愛ある関係性とは何か?>を探求しますが、

さまざまな人間の<心の闇>を抱きとめながら、

いかにそれを相手にも響く形で主張し、伝達するのか?

その<言葉選び>や<表現力>の豊かさを会得していただきます。

私がこのクラスを大好きな理由は、

ワークやロールプレイを通じて明らかにしていく

心の闇のなかにこそ、弱い人間の、愛にうえた

いじらしい姿を目撃するからです。

私の持論ですが、(じつはエネルギーの法則としても成立しますが)

どうして人間は愛にうえるのか? それは、人間は愛そのものだからです。

人間自身が、自らの一部を否定してしまうから、結果、愛にうえざるをえないのですけど。

たとえば、きょうの<恨み・つらみ>のケースでいうなら

「認められたい!」「評価されたい!」という愛の飢えがあるゆえの感情なのですよね。

ひととして、実にけなげで、まっすぐで、愛らしい!!・・・

と私はあらゆる情動に美しさを感ぜずにいられません。

(自画自賛ですが、さすが心理のセラピストといっていただきたい、えへ^^)

もしもあなたが愛に飢えている感じを覚えるならば、

否定してしまっている自分の一部が、自分の意識の外にないか?

探す旅に出られるのもよいかもしれませんね。それらのあるままを見つけ出し、受容し、肯定し、活かすことができるようになるとき、<愛>も<愛ある関係性>もあなたのもとにあることでしょう。

愛は実に素晴らしく豊かなものであることを、感じ取ってもらいたくて、

私はこのクラスを愛しています^^

ご興味ある方はぜひお声がけください。

来月8月後半の平日夜18時~の回によろしければぜひ単発参加も歓迎です。

あるいは、このテーマに興味あるんですけど、と心理セッションにお持ち込みいただくのも

エキサイティングかもしれませんね。

 

きょうはこのへんで、おやすみなさい☆彡

最後の一枚は、クライアントの方がさしいれてくださった夏らしいひまわりで。

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