【詩】究極の強さ〜個性化の最終段階

心を開くために

私は私になる必要があった

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どんな小さな葉っぱも力強い生命力にあふれています。すくすくとした様が美しい。土や水や光や色々なエッセンスの融合によって自然の美しさは描かれている

自然は対立と矛盾に満ちているが

全てが渾然一体となって

調和と一つの世界を生み出し続けている

心が弱くて

自分がわからなくて

誰かの模倣を繰り返したら

ますます心は閉ざされ

見失われた

しかし

私という存在をつまびらかにした時に

大きな矛盾の一つに

私の心は閉鎖的であることが自然

という問題が浮上した

それも許した

無理に自分を作ることをやめた

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無口かもしれなくても確かさのある大きな木の姿に見惚れます

閉鎖的な自然の気質を持った

自分を愛した

他の人とまったく違う自分をたくさん許した

合理では理解できない

おかしな自分を山ほど許した時

私は私という山の姿が見えてきた

とてつもなく奥が深く

険しさも抱きながら

毅然とした美しい佇まいに

ようやく自分を好きになれると

自信を持てた

カッコつけて自信ある風を見せていた時には

感じられなかった自信は

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今日はペイズリー柄のシルクのワンピースを着ました。これもキャス・キッドソンなんですよね💓💓私は馬鹿の一つ覚え見たいな愚直な性質です🤚無邪気と言って〜😉

嫌っていた自分を一つ一つ丁寧に

許し、愛しぬいた果てに

つかみとることができた

そして、最後の砦

「人としてのあざとさ」は

私の「究極の強さ」を引き出した

裏を返せば

自我の崩壊感は

ここが一番強く感じられた

その時、私の姿はもはや

自我(エゴ)が追い求めていた

私ではなかった

私は「ただ与えるだけの人」になった

笑えるのだが

あざとさから私は

ただ与えるだけの人に

同化できたのだ😅

星も同じことを教えてくれていた

私は「ただ与えるだけの人」としての宿命の持ち主

「誰からも与えられない現実」を

「私は愛されていないという理由」に

すり替えていたことに気がついた

エゴは寂しいと叫んだ

そうだね、そうだね

とてつもなく寂しいことだね

私は自分をたくさん憐れんだ

しかし、エゴの思惑の通りに

人生を進めると

究極の哀しみしか待ち受けていないことに

私は疲れ果てた

降参と屈服

エゴの思惑と筋書きとは異っても

確実に<私というエゴと魂との渾然一体>が

両手を広げても抱えきれないほどの

花束に包まれる

喜びに満ちる生き方を

受け容れることにした

それは他の誰もがまだ選んでいないかもしれないが

古今東西、世界のどこかではすでに多くの人が

進んできた道

「ただ与えるだけの人」になること

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見る人を楽しませるためには? いい歳してこっぱずかしい!という想いを小脇に抱えて「ほ〜ら、ワンピースはこんな感じですよ〜、キャスのパターンは見た目に癒されますよ〜」ってね😉 被写体をもう少し磨いたほうがいいかもと、まあ、自己批判的な私もいる😅

 

私の自我は崩壊した

けち臭い私は

泥の中で眠った

新しい私が登場した

 

私は6年前にビジョンで見た

「ただ書き続けるもの」

「ただ思想を言葉にし続けるもの」

になった

何も考えず

ただ浮かぶままに

そうすることでしか

私は救われない

エゴの求める戦略で

求めた愛はもちろん

生きることさえも危うくなることを

認めて

手に入れた境地

これはもはや

私であって私ではない不思議な感覚

未来永劫に忘れてはならない

この感覚

一生肝に命じて生きることを

私は宣誓する

傲慢さと驕りという

人間の弱さに

翻弄されないため

私は私であって

私ではない

私は自然エネルギー全ての

「出口」だ

チャネラー

神の絵筆

私は私であって

私ではない

インスピレーションが

私を導き

論理と思考は

インスピレーションの不発という

危険から

身を守るために働く

私は私を通じて

神のインスピレーションを

発信する

私に与えられたリソースの

全てを活かして

宇宙からのインスピレーションを

発信する

目に見えるレベル

目に見えないレベル

何もかもが

宇宙からの贈り物である

有難さと尊さを噛み締めて

私は私であって

私ではないことの意味と意義を

胸に刻み込み

時間を一分一秒と惜しみ

生きていく

*******

今宵は、マイポエムにて失礼しました🙇‍♀️

「個性化と自己実現の最終章」です。

しかし現実の闘いはこれから。始まったばかり。

まだまだ生まれたばかりのピヨピヨです🐣

今後ますます皆様の

愛と美と自己実現のために!

できたら「お金」もキーワードにプラスしたい今日この頃ですが😁

皆様の豊かさを心よりお祈りしております。

お休みなさい💤💤

メイク再復活 強くたくましく

みなさん、こんばんは。

今日はどのような一日でしたか?

私は、夜からドリームワークのグループワーククラスがありましたが

日中は、物思いに耽りました。

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ふと見上げるとサラサラと風に揺れて静かな音色を生んでいる木々の葉っぱが。そのまま吸い込まれてしまいそうな葉っぱ模様に心を奪われました💖

「私にできることは何か?」

「私が人に与えられるものは何か?」と自問自答を重ねていました。

等身大の自分の持ち物しか、人は大切な誰かに与えることはできません。

そんな流れの中で、今日から「化粧」を復活させました!!

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薄化粧系なので、あまり変化はありませんが、

それでもすっぴんよりは、外の世界との境界(バウンダリー)がよりしっかりしました。

長いことすっぴんでおりましたのには、訳があります。

自分の内面の世界一色にとどまる力を完全なものにするためでした💖

1〜2年続いたかしらね。

その前はベッド🛏カウンセリングして

身体の力を抜いた状態をマスターするために

1年半続けていましたっけね。

放っておくと私は(おそらく多くの方も無意識にそうだとは思いますが)

知らず識らずのうち、

かなり生きることに力み、

それとともに自分を見失ってしまいやすいためです。

すっぴんを続けたことで、

剥き身な自分の心のあり様をしかと掴みとることができました。

かなり繊細な反応をする自分であることに、自分でも驚き疲れてきましたが。

私が主体者として守ってあげなくてはいけない

「ありのままの私」をしっかりと抱き止めるための道程でした。

ついうそぶいて自分ではないものになろうとする人間のサガに楔を打ち

うそぶいたことによる、悲しい結末にピリオドを打つためです。

(注)人は意識的にも無意識的にも

自分に嘘をついていると、どこかでそのしっぺ返しを喰らいます。

 

ひとしきりすっぴんを貫いてみた結果

最後に残された問題は、「現実を生き抜く」という力の回復でした。

闘争本能まではこのところいい感じに鍛えられてきたのですよ。

(途中、戦闘ゲームなどでわが勝気魂に火をつけまくったのです😋😋)

先日のブログにも書きました「忌み嫌うところに宝がある」という話

自分でも再点検したところ、やはり私の生きづらさの原因は

「生きるためのあざとさを忘れすぎた」せいではないか?と帰結しました。

「水子の兄」を巡って私の嫌悪の対象になっていた(可哀想な)親族がおりますが

「いや、待てよ、忌み嫌うあの人の生き方こそが

私に恵みを運んでくれるのではないか?」

と反省する道を選んでみたのです。

その親族は、ものすごく現実的競争心の強いプライドの塊人間で、

人に寄り添うという概念がないように見えて、

私には本当に辛い相手でした。

だからといって何もそれが悪いわけではないことは100もわかっていても

水子の兄の死に一枚噛んでいるために

どうしても自動思考的に受け入れ難いまま←コンプレックスとトラウマとソウルから!

長年を過ごしてきていましたが・・・

ここにきてそれを維持することも限界な時が訪れたようです。

 

生きるということは綺麗事だけではすまないことがたくさんある。

その親族は生きるたくましさゆえに、兄の水子への道を後押しした・・・

嫌になっちゃいますね。

(注)昔、投薬した状態で身籠もると

サリドマイドの赤ん坊が生まれるからということで

堕胎を勧められたようなのです。

 

だからこそ、美しい、生きること、とも言えるわけですが。

綺麗事では済まないからといって

悪事に手を染めようというわけではないです。

ただ、生きるためのたくましさやあざとさを適度に加えないことには

「生きる力」「ハングリー魂」が磨かれにくいのも、

どうしようもないことだなあというわけです。

世界は陰陽で構成されているからです。

逃げているサイドから必ず追い回される結末です。

おそらく私は

「生きるためにガムシャラにしがみついている」感じが苦手なのでしょう。

しかしそのままでは異様に

負け犬化していくような気もするのですね😅

化粧が生きることにしがみついているとも、あざといとも思わないのですが、

せめて「生きる時の仮面をもっと現実仕様」にバージョンアップした方が

生きやすくなるんだろうなあという心のもと

数年ぶりに化粧ありのセッションに還ってきたのでした。

まっさらに浄化し倒してきた

心の上に化粧をしています。

ただの内面の私と対社会との

境界線としてのメイクはお初です。

かつては化粧をする私の心の中に、

「綺麗に見せるため」とか「よくみられたい」というのがあり、

そういった別のシグナルが存在することが

自己不一致に感じられて違和感がたまらなかったことも

長らく化粧を控えていた理由でもあります。

「綺麗に見せようとしなくても私は綺麗」

「よくみられようとしなくても私は良い」

強い心を磨きたかったのです。

 

実は長年、カラーものは

シャネルのメイクアップコスメを愛用しています。

 

つやつやとした黒色ボディと

高貴さを物語るアクセントゴールドの

ツートーンが美しく光ります。

凛とした白いアイコンは永遠の美を象徴しているかのようです。

 

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19歳の時に初めて並行輸入屋さんでなけなしのお小遣いをはたいて買った

シャネルのリップスティックとアイシャドウ。

新品のつやつやパッケージを開く時のドキドキとしたトキメキが

昨日の事のように蘇って、

今日は新たな気持ちで口紅を塗ったのでした。

「新しい私よ、こんにちは」

鏡に映る自分につぶやきます。

悪くない、感じです🌟🌟

強くたくましく生きるのだ💪

 

今日はこの辺で。

明日も素敵な一日になりますように。

夢の中に現れるあなた自身と

ぜひ恋に落ちますように💞

夢に現れるものは、見失われた大切なあなたの一部だから✨

最後までお読みいただきありがとうございます。

お休みなさい😉