大切な人を守る自己メンタルガード術

みなさん、こんばんは。今日はどんな一日でしたか?

私は、おのれの魂が引っ張ってくる不合理な

「結果世界」と一致するための

(なぜなら、自分の魂のエネルギーと

一致することができると開運であり、

才能開花だからです。

大成功している人を分析すると、

みなさん本能的にそうなっています)

神言タオセラピーや、

恋愛の苦しさを受け止めながら

建設的な関係をお相手と育むための

心理セッションなどを通じて

いろんなことをたくさん考えてしまった今日です。

特に今日は恋愛のテーマDAYでしたねー。

恋愛のお話を伺うと、私の純な部分が刺激されて、

私も何やらとても切なく、哀しい気持ちに襲われます。

そわそわしてきてだんだん苦しくなります。

はて、困った、落ち着かない。

そこで次のイメージワークを試みます。

皆さんもご興味ありましたらご一緒に

質問に沿って、内観(インナーワーク)しましょう。

 

1:苦しいのは、どのような私か?

>今日の私は、無垢な少女のパート、ふわふわとしたチュチュを履いて、綿菓子のようなオーラを放っています。

 

2:苦しんでいるそのパートを守って、安心させるには、

どのような守り(要塞)があると大丈夫か?

>今日のその私のパートは、

頑丈なクリスタルガラス(ポリガード?)でキラキラしていて、

その内側で真っ赤なハートが無数に飛び交っている

空間の中に守られていると、

ほっこりとした平常心に戻れました。

 

3:しばらく「2」のガードに守られて

安心している気持ちを味わいながら

部屋の中を歩き回ります。

この目的は、今ここの身体的な感覚と、

内的安心の感覚とを一体化させるためであります。

板につけるのです。

 

ひとしきりそのワークに集中した今、

元の通りにすっきりとした気持ちになりました。

 

さて、このワークを今日、ご紹介したかったのは、

このように自覚的に自分の正位置をキープすることで、

余計な投影現象や転移現象ーーー簡単に言うと

トラブルを防ぐことができるからです。

(正確には、投影や転移がトラブルそのものではありませんが、

あえてここでわかりやすく伝達するために言うなら、であります)

私たちの問題の多くは、自分の魂の世界観の幻想から生み出す

悲しみや痛みや傷つきによるところが多いのですが

この剥き身な心の状態を放置していると、

その傷つきを外の世界の何かで補おうとして、

過剰な行動に出ざるを得なくなることが多いからです。

それも無意識に。

例えば嗜癖の問題、依存症の問題、大切な誰かとの関係性について、

あるいはワーカホリックや、ノーと線を引けないことや、

時には、身体症状に至ることもあります。

特に大切な誰かとの関係性を守りたいのに、

知らず知らずのうち傷つけていることがあるとしたら、

このデリケートな私が剥き身になっていることが

一つの理由としていえるでしょう。

守ってあげなくちゃ!

そうすることにより過度な怒りに翻弄されることも少なくなります。

剥き身なパートはこう叫んでいることでしょう。

「私を剥き身のままにしないで!

私を守って!行かないで!私を見て!」

その声をそっくりそのまま、無意識に

大切な相手に投げ込んでしまって、相手を戸惑わせるという仕組みになります。

適度なレベルなら、「かわいい甘え」とも言えますが、

度が過ぎると、その無意識は怒りに転じて、

大事なはずの相手を傷つけてしまうでしょう。

そんなのもったいない!

鉄則は、誰もが愛されるにふさわしい存在である! と確信することです。

それを基準とした、安らかな行動を他者に展開することです。

誰もあなたのことを攻撃したいのではない!

攻撃されていると感じられるとすれば

それはあなたの幻想と、

相手の投影と転移によるものであります。

カウンセラー歴が長くなればなるほど、体験的な確信へと変わっています。

まずはご自身が、ご自分のことを

とても素晴らしい存在であると感じられるようになる時

愛のパワーは開花するでありましょう。

心より祈っています。

今宵も素敵な夢を💓

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最近の定番メニューは鶏肉と野菜のスープカレーに、トマトのマリネ。仕事効率をアップする「冷凍づけ」というスタイルに今ハマり中。冷凍することによって、通常よりも味が染み込んで、それが美味を引き出すという、時短ワザ

魂の夢が自分を傷つけた

私の魂の中心には、まるで「玉手箱」のような

<めくるめくときめき>感覚があります。(この<魂の中心感覚>は人によって異なります)

この感じを、現実の世界に追い求めるクセに、長年困らされました。

正直、それはある意味<浮かれたお祭り感覚>であるため、

現実にそれを追いかけ続けると、無理・無茶・破綻が起こります。

現実とは堅実さが要ります。

ほとんど多くの人は、自分の魂の感触を、

外の世界で形にしようとしたり、幻想として追い求めたりするのが、自然です。

<夢を追いかけろ>

<夢は形に成る>

と言われる理由でもあります。

ですが!

タオセラピーの思想でひもときますと

その<魂>の方向性が

★精神的な方向の人

★現実的な方向の人

とに分類することができます。

東洋思想は、陰陽思想ですが、とかく対立する二つの要素で一つの次元を構成していると捉えます。

人間を陰陽で整理することを考えた時、

精神と現実の融合であると、4000年も昔から中国の賢者は見抜いていたのでした。

 

そして、

私の場合、どちらのタイプかと問うた時、

どちらかというと<精神寄り>の前者であるということが分かったのは、

タオセラピーを自ら詰めた時です。

この2〜3年で知り得たことでした。

ですから、私の魂の夢であり、魂の中心にある<浮かれたお祭り感覚>は、

現実に求めるのではなく、精神世界に求めなければ、

<私の個性>には合いませんよ、というわけだったのです!!

 

そんな〜〜〜〜。<お祭り感覚>に無意識的にも意識的にも引きずられ過ぎて

仕事にせよ、消費活動にせよ(👈お買い物のこと^^)、異性関係にせよ、人間関係にせよ、

あんな破茶滅茶、こんな無茶苦茶、いっぱいぶっちぎってきてしまったではないでスカッ。

と言う気もしますが、

私はこの秘密を探り当てるために、一旦は個性と逆走する必要があったのですから、

まあ、それはそれで万事オーライなのであります。

 

どれほど現実の世界に<浮かれたお祭り感覚>を追いかけても、

私の場合、ちっとも浮かばれませんし、極端を言えば<万事終焉を迎える>という恐ろしい図。

何せ、私の<浮かれたお祭り感覚>は、現実に許されたものではなく、精神世界に道を譲るために

授かった宿命だからなのです。(それは、タオセラピーで読み解くと見えてくる)

それを、39歳からこんこんと、タオセラピーの思想に従って、

<精神世界>だけに<浮かれたお祭り感覚>を許し、

追いかけ、それを現実に下ろすことを頑張りました。

精神世界だけに浮かれたお祭り感覚を求めるというのは、

私の場合、好きなもの、気持ちいいもの、夢想の中に浸りやすい住環境を整備することでした。

最初に浮かんだのは1920年代のライティングビューロー。

続いて、カフェ専門店のようにコクのある珈琲とお洒落な珈琲カップ。

アップル社Macの大画面。

整然とした空間で、すっきりした境地。

このすっきりした境地を得るために、どのような要素があるとなるか、

インナーワークで点検を繰り返し、

焦げ茶色と白色のコンビネーションにスワロフスキーのクリスタルが煌めくトーンが

私にとっては重要でしたので、揃えたわけでした。

(ケチな私の抵抗は山ほどありましたが、全部ケアして、

抵抗の言い分にも耳を傾け調整し、実行してきました)

そして、現実的な事を一切手放しました。

正直、エゴの恐怖はありましたが、意図して<お金の計算を一切しない>暮らしに集中しました。

お金の計算をするからかえってお金のこだわりが生まれて、

お金を浪費する仕組みがあることを知りました。

「お金があっても、なくても、お金は何時だってゼロ!」

スローガンに掲げました^^

お金という現実的ツールの力を借りて遊びを求めるのではなく、

いかに<精神だけを浮かれさせて>自らが魂の玉手箱になるのか。

ここが肝心でした。

子供の時は、お金がなくても、小石を集めたり、自然の中の虫ケラと戯れたり、

空の雲を数えたり、想像の羽根を広げて、何時間も遊ぶことができました。

あの感覚を、一生懸命に回復させました。

私の場合、人間関係にも<夢見る浮かれ感覚>をともすると投影するところがあるため

実際の人間の善も悪も背負って生きている等身大の日常からかけ離れてしまい、

うっかり相手に自分の願望を投げ込みすぎて、関係を壊すことが少なくありませんでした。

(そんなん、あるわけがありません!!いた!と発見した時は、

自分のカウンセリングの先生だけでしたw)

このプロセスを、私は<精神の神殿造り>と呼んでいます。

その結果、今あるサロンの形が浮き上がってきました。

こうして打ち込んでいるブログのスタイルも固まりました。

好きな人との関係性のバランスもとることができています。

お金の浪費もありません。

(ってか、当初の予測通り、食費以外、全く使わない人になってしまった!)

ーーーそうそう、私の魂の夢見は<あまりにもHUGE(でかすぎ、宇宙なみ)>でしたために、

どのような空間も狭く感じるという、恐ろしい現象がありました。

無意識に宇宙なみ無境界を追いかけているからなのですが。。。

その調整が完了するまで、何度、なんて自分はこの世ユースじゃないんだ!!

と生きづらさを感じたことか。

どのような部屋を借りても、満足するわけがない、自分に青ざめました。

ある時、「うん、この広さはちょうどいいね」と思ったのですが、なんと家賃50万強、120平米、天井の高さが2〜3階分あるような、日本でも最高級のレジデンスだったのでした。

本当に必要???

正直、自分には無駄が多すぎるように思われるのですが、すっきるする空間、それです、となった時は、自分の精神構造の整理すべき方向に途方に暮れました。

私は、取捨選択が、ライター時代から大の苦手でした。

なんでも抱え込みたいタイプ。全部必要に感じてしまうタイプ。

母親からは「くどい性格」の一撃。そういうな!です。

ですが、自己の複雑さをタオセラピーを通じて、山ほど整理し尽くし浄化したおした時

自分の精神が非常に通るのを感じまして、それに比例して、

今ある38平米の空間が実はとても広いと感じられるようになったので、

やっとバランスの取れた自分になることができた!

精神修養が高まってきた!と自分で自分を褒めてあげたい気分です。

そして、高校時代から大学時代に年ごろのせいもあるかもしれませんが、

ダイエットノイローゼだったことがあったのを思い出します。

通ってた高校の周りの友達がみんな美人で、スリムだったせいもありますが、

標準体型というありがたい自分をちっとも許せなかったという、不幸気質の自分がいました。

でも多分私は、部屋の大きい小さいの感覚が、実際の広さを問わず左右される

<幻想>まなこであったことを思うと・・・

この宇宙なみの莫大エネルギーを自分の肉体に投影して、

自分の背格好が不恰好に見えていたのではないかと、察せられるのであります。

今朝、愛犬の散歩がてら窓ガラスに映し出された自分の姿をたまたま目撃し、

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「ちっともおデブなんかじゃないのにな〜。(かといって、スリムでもないけど^^)

なんで過去、あんなに自分のことを自ら虐めていたのか?

これもきっと、魂の夢見ているものが、スケールでかいせいで、その幻想のために

自分の体もとかく大きく見えて仕方がなかったんだろうなあ、とほほ、どうしようもないね」

と思ったのでありました。

・・・というわけで、いろいろ自分を追い込んで、

自分の自然エネルギーにぴったりの自分に調整することで

幸運を感じられるようになってきた、新しい自分・それこそ望んでいた自分誕生のお祝いに

今日のランチはお寿司を久しぶりに!

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サイトリニューアルのお祝いなのでした。

最後まで御覧いただきありがとうございます^-^

 

 

こころとは

「<私>とは何か?」を中心として形作る、そのひと独自の世界観によるものです。

その独自の世界観がベースとなって《一連の反応パターン》が

◉無意識レベルーーー衝動・スピリットも含む

◉感情(情動)レベル

◉気分(ムード)レベル

◉身体感覚レベル

◉欲求レベル

◉思考レベルーーー評価も含む

において、おこります。

この総体が【こころ】であると定義することができます。

そして、これらの各レベルの<エネルギー>を受け止める<意識の構え>や

<懐>ともいえるような<器>の役割をになっているのが【こころ】でもあります。

<(意識の)器>や<世界観の枠組み>は、十人十色ですが、

この独自の世界観と反応体系が《固着してしまう》ときに、問題や不都合を体験させられます。

(《してしまう》というのは、本人も望んでそうなているわけではなく、

強力な無意識の防衛作用による、不可抗力だからです)
<私>の外の世界は、時事刻々と変化しているものであり、

<運気>という概念で考えても、一定である<時の気>というものは存在しません。

にもかかわらず一定の《反応パターン》を変えることができず、

漫然と時間をやりすごしていくばかりか

問題や不都合さ(簡単にいうとストレス)を経験させられなくてはならなくなるとき、

以下のことが働いていると考えられます。
◉こころが(無意識レベルで)傷を負ったままであることにより

過度な防衛心が働きます。ーーーある方向性を過度に<危険視>するためなのですがーーー

このことから《新しい反応パターン》を生み出すことができなくなっています。

旧来の《反応パターン》にしがみつづけるしか道を見出せません。

独自の世界観という幻影の外には、ひとりでは抜け出せないため

(本人にとって<それ以上の発想を持てない>というものこそが「独自の世界観」の特性です。

その<不可思議さやもったいなさ>に気づけるのは、それを眺める第三者しか物理的にありえません)

《反応→行動→現象》の堂々巡りが繰り返されることになります。

【対策】

無意識に防衛心が作動する<恐れ>や<危険視>の対象について話し合います。

論理的な理解に加えて、体感覚的な腹落ち感を自らの体験過程で発見することができるとき、

問題だと思っていたことが、じつは問題ではなかったのだということに気づくことができます。

また「傷つき」が「トラウマ」となっている場合、はじめに取り組みたいのが、「心の準備」です。ひとりでは向き合うことの難しい「傷つき」「トラウマ」も、

<信頼できる心のパートナー>とともに力と自信を少しずつ回復させたのち、

その「傷」を癒す(溶かす)ことのできる「心の器」が用意できた段階で

ようやく過去のできごとをめぐる心情にフォーカスしても大丈夫な状態になります。

そのため、いきなりトラウマの問題に直面化させることはしません。

まずはトラウマを経験しなければならなかった<あなた>の心情や

それにともなう現象について、肯定的なよりそいといたわりやねぎらいを中心として、

トラウマ周辺にある、ものの見方の調整を先に行い、

安心・安全を感じられる状態を一緒につくります。

(トラウマのケアをはじめから目的にされている方の場合は、

この限りではありませんが、その場合でも、

いかに安心・安全を感じていただくかの信頼関係づくりを大切にする姿勢には変わりありません。)

◉<未知なる私>の問題であることは、よくあることです。

受け容れることができずに<排除><抑制><抑圧>させなければならなかった<私>

ーーー<見失われた私>を取り戻すときがせまっているときも

<問題やストレス>は経験させられます。

それは<感情レベル>の<私>であることもあれば、

<行動パターンレベル>の<私>のこともありますが、

<スピリチュアルな方向性レベル>の<私>であることもあります。

<スピリチュアルな方向性レベル>の中には<カルマ>の問題もあります。

自分の所有する自然由来の指向性に背を向けるよりも

それを受け容れ、さらには活かす(自覚的にエネルギー燃焼させる)ことができる時、

問題は小さくなります。

ーーーですが、人間には《自分の自然由来のパターンを否定したい・それから逃げたい傾向》もあることは否めないのです。

厄介な事に、このために人生の途上で<ストレス>や<事件>を経験させられるわけです。

これはまるで網の目のように、私たちの行く手に絡みついているものです。

この混沌とした網の目を整理整頓し受容することを「浄化」と言います。

 

【対策】

無意識レベルで<どのようなエネルギー>が進行しているか、

<あなた>の日常での心の動きやできごとに耳を傾けながら、配慮します。

<あなた>が今、取り組むべき方向性を一緒に読み解きながら、話し合いを重ねます。

その方がどの方向に背を向けているのか<魂のテーマ>を読み解きながら。

その時に必ずと言っていいほど存在する<エゴ(マインド)の抵抗>にも敬意を払い

対立する・葛藤する・バラバラにとっちらかりがちな<私>の全てを肯定的に受け入れるための

発想の転換・新機軸の確立を目指して、丁寧に汲み取り、援助、応援をします。

<バランス取れた自然なあなたとは何か>?

<私>という不可思議でなかなかアンバランスな存在を、

どのように調整することができれば、バランス良く活かすことができるのか?

ケースによっては、その<在り方being(ライフスタイル・意識の回し方)>を紐解く話し合いにも及ぶこともあります。

「変容」「生まれ変わり」のプロセスという繊細でデリケートなテーマもサポートします。

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以上のことを前提として、

「こころの問題」について取り組み始めると、その実、

「いかに自己の世界観を形作り、いかに自然物としての自分のエネルギーを受け容れて、

伸ばして、燃焼させていくことのできる、意識の構えを、整えるのか」に還元されていくことになります。

その際、「安心・安全」を感じられる環境要因であることはとても大切です。

したがって、「この人になら自分の心を託しても大丈夫かも!」と直観できる、心のパートナーととりくむことが必定となります。