精神の声と体の声に一致を

「自分は今どうしたいのかがわからなくなったので」と、ご利用くださる方は大変多数を占めます。

頭で「こうしたらいいな」「ああしたらいいな」「あれはどうなるんだろう?」「これはどうなるの?」と思いを巡らせている部分と、

身体の反応が食い違うことというのは、人間が人間であるためにか(いや、原始人はそういった症状はなかったかもしれない)当たり前のように起きています。

ですが、そのままでいると「頭で考えていることが思い通りに進まない」という現象を経験します。

そのような<不都合>や<モヤモヤ><イライラ>を察知したときに、

ご予約をくださるリピーターさんが多いです。

ところが、なんとなく<モヤモヤ>しているのを<否認>して頭脳優位(意思や欲望を優先させると)で行動を積み重ねる中、或る日突然<出来事>や<事件>となって、私たちの前に立ち現れます。

身体の声を聴くのが苦手な方は、理知が優位になりすぎて、身体の声に抑制をかけるのに慣れているために、身体症状に現れやすい傾向があります。

当サロンを長くご愛顧くださっている方は、そのあたりの妙をよく心得ていらっしゃる方であります。<モヤモヤ>が早期段階のうちに、(問題が大きな津波となって現れる予防、事前対策として)駆け込んでくださるわけです。そして<スッキリした>と笑顔でお帰りくださいます^^

当サロンのカウンセリングでは、今ここで生じている小さな<違和感>にも丁寧に留意を払い、アプローチします。言葉にまだならない感触や微細なエネルギーを一緒に拾いあげて、とり扱います。ご当人に取って無自覚であればあるほど、深く重要なテーマが隠されていることはよくあることです。

<一緒に>取り組む価値は、当サロンのカウンセラーが、心と精神の働きをめぐって<微細なレベル>にあるものが<何か>を認識できるだけの訓練(情報のインプット)を繰り返してきているため、クライアントの方にとってはまだ五感にまで登ってきていない要素にも、言葉を与えていくことで、その方の<ありのままが何か>をつぶさにフォローアップすることができる点にあります。

「自分で対話できているから大丈夫」とおっしゃられる方もいるのですが、特に関係のテーマが隠されていたり、問題に感じているケースは、自分一人の世界観の外に鍵があるのに気づけていないから、関係の問題があるということを忘れない方がいいでしょう。一人で取りくむ内部対話だけでは、残念ながらケアしきれるものではないのですね。自分の世界観の外に答えを見つけ出すために、相対的な存在(専門家)を役立てられると、心と精神は健やかさを少しずつ取り戻しいったり、あるいは精神的なバランスが整えられていったりするものであります。

もちろん、カウンセラーの立場としては、<その方の世界観に合ったもの>を探り出すことをモットーとしています。一つ一つ確かめ合いながら、丁寧にワークを重ねます。

そうして繊細な風穴を見つけるお手伝いを通じて、クライアントの方ご本人に取って腹落ちする<解>を得てお帰りいただきます。

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と、取り組んでいる内容についての説明になってしまいましたが、

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ここでちょっぴりコーヒーブレイク🌟日比谷・帝国ホテルのカプチーノを撮り下ろしましたよ^^(ムードを楽しんでね)

実は今日は以下のことが言いたかったのでした^^

身体の声も尊重して生きることを大事にした時、

自分が想像しているよりも、身体が重かったり、

緩慢だったりすることは実はこれまたよくあります、ということ。

意識のほうはいかようにも(無限大に)広がろうとする傾向があるかもしれませんが

(想念はどこまでも自由に飛べますからね)

肉体のほうときたら、非常に制限のある現実世界に存在しています。

身体のペースを無視して、精神(夢見)の実現はありえません。

身体と精神とともに足並みを揃えてライフスタイルを築くことができる時に、

効果的な(たとえそれがのんびりペースであっても、結果的には無駄のない)

行動が生まれてくるわけです。

さもないと精神は突っ走りたいけど、身体が言うこと聞かないよーと言って、その問題でモンモン、もやもや、イライラして、時間だけが過ぎてしまうのであります。

(もったいない!)

そこで、当サロンでは、この精神の声と身体の声の合致を大事に探っていきます。

身体ののんびりさに悲鳴をあげるせっかちな精神があるとしたら、その精神の言い分にも丁寧に耳を傾けて、精神も身体も納得のいく、第3の道をいかに引き受けていただけるのかを探り出し、見つけ出し、お話し合いします。

特に、精神世界(あの世)の広大な広がり指向をお持ちの方は、それを自覚した時、とみに「身体が重くて」とおっしゃいます。

その時、私は

「身体のペースに合わせてください。眠たければ、しっかりと横たわってください。目的は、起きながらにして、そのワイドな(宇宙)意識が、当たり前である状態を掴み取(マスターす)ることであり、そのためのトレーニングと思ってください」

とアドバイスしております。

こうして、グラウンディングは達成されていきます。心技体の境地でもあります。

精神を肉体に宿して天と地の間に人間としていかにたつのかが見えていくプロセスとも言えます。

かくいう私も、この過程にいた時、ベッドを配置して、横たわりながらお話を伺っていた時期がありましたね^^

この境地に入るとどうなるか?

私の体験的コメントを述べるなら、

いろいろなことを思い患っている場合ではなくなりました。圧倒的に生きるのは楽です^^

老境・仙人のような気持ちでもあります^^

ただ1点、自分の魂のお仕事のことにしか意識が向かなくなりました。

妙なこだわりや欲や怯えが山ほどこそげ落ちました。

平たく言うと良い意味でいろいろなことがどうでも良い。すべて自然にお任せ。

天の采配がすべて。(実際、タオセラピーや霊能カウンセリングを通じて、多くの方を観察しておりますと、私たちの存在は自然の気運通りに振り回されているに過ぎないと、悟ってきます。ただし、それを<どのように受け止めるか>の環境と意識の器の整備が、現実を大きく左右するのですけれども)

ここに至るためには整理整頓(私はどのような存在であるのかの吟味と浄化・魂のお洗濯)は山ほど繰り返しましたけれども。

「夜寝ている時の感覚で、生活ができるようになっていて、かといって寝ぼけ眼でもない。集中力が研ぎ澄まされていて、足元がしっかりと見えていて、一歩一歩に確かさがある感じ」とも説明しています。

一度きりしかない人生ですものね。

できる限り自分になることに挑戦して死んだ人と、言われて<あの世>にかえりたい🌟

それが私の魂の夢のひとつです^^

なぜなら、その境地に至ると、あらゆることを許せる愛の人になるという意味であると、

私は心理カウンセリングの真髄を知的に学んだ時から直感的に悟っていたからです。

「ああ、それこそが私の求めていたものだ」と。

また援助職者としてのクォリティとはこの度合いに比例するとも。。。

(もっとも、ご縁と相性は力量を超えて大変重要な要素ですから、私がすべての人に有効な存在たるため、という意味ではないことはお断りしておきます^^あくまでも私と相性の良い方に取って、最高の存在であることを追究している、と。それがまた人間の限界を謙虚に知るということでもありましょう)

さてさて今日はこの辺で。

みなさま、素敵な1日になりますように。

GOOD LUCK🌟

恋の完全燃焼を!

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自然の美しさはそのはちきれんばかりの生命力かなーと見とれます。<私は私!>誇らしげなその佇まいに習うもの多しです。

表現や行動をし残したままでいる時、人はナーバスになります。

すべてのことにおいていうことができますが、

「上手くいくかどうか」を思いあぐねたり、気遣ったりしすぎるあまり、

表現できないままでいたり、行動できないままでいたりするとき、

置き換えとしておかしな行動に取って代わってしまうこともあります。

大切な事は、<自分のエネルギー燃焼>です。

人は生まれて、いつか死にます。いなくなります。

もしも中途半端にやり残したままにしていることがあると、

その問題が、ちらちらとその人の進行過程に登場して、

前進やステージアップを阻んできます。

死ぬ間際になって後悔することが残っているのも人間かもしれませんが、

できるだけ後悔ないように、その時できることを恐れず取り組む中で

展開される現実を眺める人生もあるわけです。

何度も失敗を繰り返しながら、表現したいことをコツコツ積み上げるからこそ、

「出来上がり」「仕上がり」「完成」「締結」を見ることができます。

失敗のない成功はありません。失敗を重ねるから成功があります。

失敗が成功に変わるためには<調整>を重ねればいいだけです。

ゴールドメダリストのフィギュアスケーター羽生結弦選手は、

どの選手よりも失敗の中に恐れず飛び込んでいるという記事を読んだことがあります。

 

恋愛の相談で、傷つくことを恐れすぎるあまり、言いたいことを言うことできず

悶々として、しまいには「占い師を次々と渡っちゃ、うまくいかないとだけ言われて、凹んで、傷だけ増えて」というような話もとても多いのですが、

ファーストステージとしては、自分の気持ちに忠実かつ大事にすることが充足の鍵になります。

セカンドステージとしては、その気持ちを、相手の立場を考慮しながら、

相手に伝わる言葉(相手の自我を守った形)に変換して述べるという、技術が必要になります。

愛ある関係性のグループワークで磨いていくのはこのセンスになります)

そのようにしっかり自分の気持ちに従って行動したり伝達したりしないと

ずるずると引きづり続けて、何年ということは平気で起こります。

一生懸命に蓋をしたつもりだったのが、

30年たったら突如思い出されて、思い出されて、

(タオセラピーの見地から、これは起こり得る話なのです。

30年で自分の自然エネルギーと180度反対のエネルギーが回ってくるからであり、

その時人は、自分がそれまでとっていた姿勢をガラリと変換させられる

気運のアタックに見舞われるからです)

恨めしい気持ちがこみ上げるというケースを伺ったこともありました。

気持ちは自分のために、相手にちゃんと伝えといたほうがいいですよー。

あとはご縁とか、自然の神の采配によるところも大きいわけですが、

そのご縁の種を付けるものは、やっぱり人の心であり、

その心から生まれる言葉ですからね。

ーーーかくいう私ですが、相当なビビリです、

怯えて言えないよっという方の気持ちもよ〜く共感できたりします。

でもそれは自分の心の弱さと欲の課題であると、タオセラピーで進むべき方向性を明らかにして以降、欲望の借金を増やさないためにも、積極的に気持ちを相手に伝える努力をしております^^

20年前に好きな人に会えるかしらと夢を見て、その人が勤める会社のある駅近の喫茶店でバイトしたことがありました。「偶然を装おって会えたら嬉しい」と非常に乙女な発想だったのですが(苦笑)、結局、一度も会えませんでした。しかもそのことを本人にも一度も伝えていなかったのですが(あまりにこっぱずかしくて)、去年の夏、やっと言えましたよ。頑張ったのです、私。

言われた方はどう思ったか知りませんが(何も言ってくれない)、悪い気はしてないのだろうということだけは理解できております。

目的は、相手の警戒心を解いて、私のその人に対する気持ちについての信頼性を感じてもらうためだったのでした。ちょっとは功を奏している気は勝手にしています。

欲望とは反対方向に運は宿る、ということについてもしみじみ考えさせられる、夏の夜なのでした。

ここまでは「恋」のレベル。

「愛」となると、そのキャッチボールを積み重ねながら<育む>中で育つものですからね。

「恋」止まりで「あの人とうまくいかない」、

といい終えるのも、何かもったいないものがあります。

努力すれば生まれるかもしれない「愛」の可能性があるご縁などのケースでは。

ただし、関係に於ける努力とは、自分の世界観の外に踏み出す勇気とタフネスが求められますから

「心の器」を育てることも、ポイントになります。

今日はこの辺で。

GOOD LUCK 🌙

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たまには顔写真もUPしてみたり。