病の気をケアするもの~攻撃してくる相手の解釈例と、愛の奇跡を引き出す姿勢とは?

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みなさん、こんばんは。

誰にでも不自然な偏りがあるのが人間ではないかと思うのですが

ことに「病の気」というのは、昨日もお話したように

「精神と肉体がズレている」ことを意味するわけです。

そのようなものをケアするチカラというと、

何だとみなさんはお考えでしょうか?

私は、「しっかりと本気(本当の気)をかけてあげること」だと思っています。

「精神と肉体がズレている」ということは、

そこから出ている気は「本気」なのではなく

「ねじれた気」になります。

そのゆがみを「本当の気」に立て直すには、時間がいりますが

たんにお薬を飲むだけでは治らないというのが私の考えです。

プロセスにおいてしんどい局面もあるので、

お薬を補助輪がわりにと<利用する>意識はしかたがないとは思います。

しかし、お薬がどうにかしてくれるという

依頼心だけでいるのは課題の多く残るところではないでしょうか。

私はお医者様の資格をもっているわけではありませんから、

知りえることをご案内するまでですが。

「本当の気」の回復は、主体者の「生きる意欲の回復」を意味すると思うのですが、

それは本人が自分と向き合うことを意味します。

しかし「精神と肉体がズレている」ときというのは、

「どのようにして自分と向き合うのか」ということそのものも

根本からズレてしまっています。

その力がないからこそお薬に頼ろうというわけなのですが、

これでは悪循環です。

だからこそ、援助者がしっかりとその人と向き合うことを

第一に大切にするべきだと私は考えるのです。

向き合うとはどういうことかの、第一のお手本を示すのが、

私の仕事だと思うのです。

ある時、あるクライアントの方が

「先生は、私の目を見てお話をしてくれる」

と泣き出されたことがありました。

その方は、警察が紹介してくれた医療機関で

カウンセリングを受けていたようなのですが

「目も見てくれなかった」ことに傷ついたようだったのでした。

また、私の好きなエピソードのひとつなのですが

昔(今でもある)、統合失調症の治療として

電気ショックをはじめたばかりのとき

取り扱う側がおそるおそる、一生懸命に患者様に向かって

ていねいに取り組んだことが、電気治療の功以上に、

治療に役に立ったのではないか、という意見があるのです。

ですから、たんに淡々と作業として電気ショックを与えても、

どこまで意味があるというのか? というわけです。

これは極端な例であるかもしれませんが、ほかにも例はあります。

今はなきアメリカの著名な精神科医のかたで

「エリザベス・キューブラ―・ロス」さんという方がいらっしゃいました。

このかたの著書を紐解けばわかることですが、

彼女のケースの治癒率が90%以上を誇ったのは、

その迫真の情熱にあるからではないか、と私は思うのです。

ときどきクライアントの方から

「どのように自分の病んだスタッフと向き合うか」の

相談をいただくこともあるのですが、その際に、

ヘレン・ケラーのイメージをご紹介することがあります。

葛藤が発生することを恐れず、しっかりと向き合う姿勢です。

よく投げかけられる主訴は

「あのスタッフが反抗的な態度だったが、

あれは私を非難攻撃しているということか?」というものですが、

私はこう答えます。

「非難攻撃や反抗的な態度を示されたのですね。

それはとても大変な場面に遭遇されたことかとは察します。

よく耐え忍ばれていらっしゃいますね。

しかし、心の世界から見れば、それはとても喜ばしいことでもあるのです。

なぜなら、理解されたい相手だと無意識に愛着を感じているからこそ、

攻撃を隠せないわけなのです。攻撃という非常に非社交的なアプローチではありますが

それは<あなたとしっかりと向き合いたいけど、その表現のしかたがよくわからないから、

かなり失礼をおかけしますが>という前置きがはしょられているのですよ」

と。簡単にいえば、相手はあなたに愛されて注目されたくて、

必死の策で攻撃してくるわけなのです。

何とも思っていない人に対しては多くの場合は、無関心になります。

(もっと複雑なケースは、無関心に見える姿勢もまた、

愛の希求であることもあるのですが(;’∀’) ひとって奥が深いです)

んな、むちゃくちゃな?! とお思いでしょうかね?(まあね…)

もちろん病態水準にあわせて、

あえて葛藤に直面化させる場合と、

それを表面化させることはさらりとするにとどめて、

それ以上に「かわりに飲み込んでさし上げる」場合とに、

私は使い分けています。

なかでもいちばん大事なのは、

援助職者があたかもその方の魂の分身となって

しっかりと目の前の方と完全なる「円」をいかにして

描こうとするのかの、視点なのだと思っているのです。

クライアントの方といっしょに精神的なダンスを

踊るイメージをつねに意識しています。

それが向き合う、ということであり、

そのひとのありのままを愛するということだと、私は考えているからです。

その方の見失われた大切な宝石のかけらのひとつひとつを、

ていねいによりそいながら一緒に見つけ出していくとき、

クライアントの方は生きる力、

つまり自分で自分を大切にする生き方を

本能から回復させることができるようになります。

もっとも、クライアントの方のテーマを通じて、

私はつねにそこに、自分の見失われた魂を

見つめるようにも意識しています。

お話に耳を傾けつつ

「私が無意識に受け容れられていない世界を

とりこぼすようなことをしてはいないだろうか?」と、

自分とは異なる小宇宙をおかかえのみなさまのお話を、

できるだけ自分の価値観で打ち崩すことないように、と

注意を払いながら向き合わさせていただいているのです。

そのぐらい「病の気」=「本気を見失った世界」とは、

無自覚にもれこぼれてしまった、そのひとの

見失われたエネルギーの問題だからです。

「どうやって精神的にその方のあるままを

抱きしめることができるのか? 

それも言葉を駆使して」

と常に頭のなかは高速回転しているんですよ(*´艸`*)

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「抱きとめる」のイメージで好きなのが、右手後方にありますシャガールの絵「ロミオとジュリエット」です。「永遠に見失われた魂をこの腕から離さない」という決意をもって10年前に購入したものでした✨✨

「精神と肉体がズレている」ことに慣れ親しんだ<気>を調整して

<本当の気>をつかまえようというかたがたを

目の前にする立場としては、

人生の輝きに足を踏み出す瞬間の数々がそこにあるわけです。

自然界の大いなるはからいに対するあふれる敬意を隠せません。

出会いにいつも感謝です♥

きょうはこのへんで。最後まで御覧いただきありがとうございます。

🍀🍀🍀 お知らせ 🍀🍀🍀

面談場所として、帝国ホテル1Fの「ランデブー・ラウンジ」に足を延ばすことにしました。

(虎ノ門駅がじつは狭くて込み合っていて、朝は大変なことになっているとクライアントの方に教えていただきましたため)

特に初回、サロンにいきなり足を踏み入れるのはちょっとという方にもおすすめです。

日ごろよりご愛顧いただいている皆様も、ご指定いただければ、対応させていただきます。

twitterID ikiruchikara999 にて

<当日待機予定時間>も掲載します。

リピーターの方でも「今日、今すぐお願いしたい!」という場合にも

対応させていただくようにしました。

(*サロンの場合は、初回の方以外は前日までの完全予約制ですが)

適宜ご判断のうえご愛顧いただけましたら幸いです。

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今日のお話のような内容のご用命は

心理カウンセリングのメニューで承ることができます。

スピリチュアルなサポートとの併用であれば

多次元トータルセラピーを。

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✉メール ikiruchikarasalon@gmail.com

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