母の日に〜関係性の魂に想いを馳せる

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久しぶりのポストです。今日は母の日でしたが、皆さんはどのような時間・想いでお過ごしでしたでしょうか?

私は、たまたま昨日、時間ができたので、母と一緒に、緑の綺麗な丸の内ブリックスクエアに出かけました。そこで母にキャス・キッドソンのバッグを買ってあげたのでした❤️

▼▼▼

リバーシブルクロスボディアイランドバンチ

https://www.cathkidston.jp/f/dsg-1225375

母には本当にずっとお世話になりっぱなしです。しょっちゅう私の「道探し」の話し相手になってもらっています。いくら娘が親の跡を継ぐ運だからといえど、母は随分と真面目に律儀に私のプロセスに寄り添い、付き合ってきてくれました。

母の運命は、私を個性的に創り上げることが一生を通じての仕事となってしまっていますが、私たち親子はユニークなそんな関係性をとても楽しんでいます!?

関係性のバランスを取って長く良好さを保つために、私たちはルールを決めています。

ミーティングは平日の2時間半だけ。週に1回は、私が気分転換にどこかへ出かけるのにも付き合ってもいい、けど木曜日と日曜日はNG。など。

お互いに決まったリズムで、時間を回してきました、この5年は特に密に。

その中でいろいろなプロセスが訪れますから、時に激しくぶつかり合ったりもしました。しかし根本は常に「お互いにとって(この関係性にとって)最良の形」を見つけ出そうとする姿勢を貫いてきました。その絶妙なバランスポイントを探り出すためにタオセラピーは大活躍してくれました。

個VS個で主張し合うのではなく、二人がユニットになると、関係性の魂はどのような回転軸を持って、どのような方向に飛んでいくだろうか? という点も計測しました。

関係性にも魂があり、意図や目的があるのです! 親子もそうですし、夫婦や、上司部下などもそう。

そもそも私と母の関係は放っておけば世界観が全く違うせいで発想や体が自然なパターンもまるで逆。それでもお互いが快適さを覚える構造の調整を繰り返してきました。

一般的には、異性関係でこういうことは入念に話し合うのも理想的でしょうが、私の場合、なぜか母親との縁が異様に深いのでした。

それというのも発想の仕方が違っても「好きなもの」が一緒だから、話をしていて楽しいというのは大きいです。

精神世界についてこれだけ専門レベルで語り合える人もそうそうお互い周りにいませんし、好きなブランドやアイテムも食べ物も似ているせいで、行動をつい一緒にしたくなってしまう…。キャス・キッドソンがお気に入りなのも、一緒。

写真はその帰りに資生堂パーラーでショートケーキセットを一緒にいただいた時のものです⭐️

一般論では、子離れは?母離れは?というところでもありましょうが、我が家の場合は、「世間と逆さまに生きること」が上手くいくうちなので、全くこの方がいいのです^^

世間の流れに従って生きていたら上手くいかない気がしたら、世間の流れというやつを疑ってみる価値は大ですよ^^オンリー1の幸福感とは、世間の流れからだけでは見つけられないことがよくあるものです。

***

そんな母も今年は76歳になります。家族の中でだんだん「両親はいついなくなるかわからない」ムードが出てきました。と言っても二人とも安穏とした性格でもあるから、口ではそう言いながら、ケロッとしてたりするのですが、79歳になる父親は春先に薬の処方が謝ってたのかいきなり低血圧になって倒れて、救急車に運ばれるようなことにも遭遇するなど、必ずしもただの平穏無事とも言い切れないのが実情です。

親以上に、私自身も日々ヒーヒー目の前のことでいっぱいいっぱいで、いつ体調を壊すかドキドキしながら生きているというのに(苦笑)

それだけに、家族が揃って顔を合わせられることが、本当に有難いことと噛み締める毎日です。

親の年齢を考えた時、私がここに来るまでの44年をあともう1回生きてくれることは間違いなく生きてはくれないでしょうからね〜^^120歳になっちゃう。

うちの場合、母の日もいいですけど、どちらかというと敬老の日よりではあるんで^^

***

関係性の魂に想いを馳せた時、私はこの母親じゃなければ、ここまでこうはならなかったよな、としみじみ思います。

30歳を迎えた日、大げんかをして、「同じクラスにいても、絶対に友達として選ばないような人間!!」と文句を飛ばしたことが今でも昨日のことのように思い出されます。スパーンとカッターナイフで心がえぐられたのは、離婚の話を心ボロボロの状態で告げた瞬間、「ママもパパと離婚したかった」という返ししかできない人でした。(論点がずれすぎ、投影からくる自分の願望をぶつけられても…慰めのつもりだとしても、分かりにくさの方が勝ってました)

本当に、考え方や価値観や基準があまりにも違いすぎて…。そのために私の人生前半は36歳ぐらいまで、形を成せなかったと振り返ることができますが、山ほど理知的に話し合いを求めては向き合いました。いやがる母親に懇願して「私の話を冷静に聞いてほしい」と意見を交わし、価値観を交わし、お互いの違いを嫌という程味わい倒しました。時には専門的な知識をお互いに出し合いました。私は心理カウンセリング学と深層心理について、母は古代東洋思想の算命学について、それをベースに二人はお互いの関係性の意味を模索しました。その過程でお互いを許し、ありのままを受け容れることそのものを学ぶのには、最適な人だったと、今では「このお母さんで本当に良かった」と心から思うのです。

こう書くと随分と綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、修羅場は何度も超えています。そのプロセスについて今ここでは一口に言い切れないものがありすぎるのではしょりますが、親の目が黒いうちに親に対してこういった気持ちにさせてもらうことができたということそのものが、お金をただ支払うだけでは絶対に買うことのできない、汗と涙と血の滲むような時間と労力の果ての結果であり、この上ない幸福の印だと思うのです。

たとえ同じ血を分かつものでもこれだけパワーがいることを思うと、ましてや夫婦など血の繋がらない人間同士がお互いにお互いを理解しようとするとき、本人の色眼鏡からでは到底無理だろう、というのが私の見解です。冷静で客観的なエネルギー論を理解している人のサポートが(介入が)重要だと私は思っています。

そんな結論にたどり着くことができたのも、自分の周辺につぶさな検討を必要とする問題が山ほどありすぎたおかげと思っています。私の場合、特に愛情とお金の問題をめぐって。それを得たくても得られない(与えられない)という宿命でなければ、ここまで探求しなかったでしょう。

そのことも含めて、お天道様に、そしてご先祖様と両親に、また周囲の人間関係に、心から感謝なのです。

運命とは、自分が求めているのとも違うものに恵まれたりするものです。その有り難さを忘れて、与えられない泥沼の中でいつまでももがいて不幸の海に溺れ続けるのは、時間も肉体も傷ついてしまいます。

どこで折り合いをつけて、自分だけの幸せを見つけていくのか?

タオのみぞ、知る。

その神秘性を私は心から敬服しているのです。

その未知なるもののおかげで、母は私を産んでくれた。

そして、今の私がいる。

また、おいでくださっている、皆さんがいる。

数奇な運命の中で巡り会う千載一遇、

みなさんのおかげで運命の不思議さと面白さを日々嚙みしめさせていただいています。

それまた感謝です。

今日はこの辺で、みなさんのお母様の笑顔を

いつも陰ながらお祈りしていますヨ!

 

 

 


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