昨晩は「『人間関係にあらわれる未知なるもの』の精読クラス」を行いました。
人と人の間で生じているトラブルやすれ違いなど諸々の出来事の奥の深さを読み解くためのロジックと技術を磨く、心理セラピスト養成プログラムの一つです。
関係性の妙をロジカルに知り、その謎解きをシャープに見極める技術について、見事に表現している良書として、私はすべての対人援助職者や、人間関係が重要なビジネスに携わるすべての方に、お勧めしたいと思っています。
この本の表紙絵のように、(イチゴを縦割りしている)ーーー表面の姿と深層に隠されているものとは全く違うのが、人間関係です。
その隠された「深層の秘密」を、人間関係で展開される会話のどこで見抜いていくのか?
テキストに書かれている内容を叩きとして、私の臨床の経験から具体例をお話しし、さらには参加されている方ご自身の周辺の出来事を観察していただきながら、理解を深め、技術を磨いていただいています。
その視点が長けてきますと、現実場面で問題に感じていることに解を与えるための特殊な介入法ができるようになります。
個人的な話で言いますと、私はこれを知っているために、過去に一見うまくいっているような異性関係が実は破綻に向かっていることも自らわかってしまい、それはそれでショックでしたが(苦笑)、逆に一見自分が想像している通りのうまくいっているわけでもない関係が、実はうまくいっていると読み解くこともできています。
それにより、生きることの奥の深さや、人間の計り知れない面白さまで、目の当たりにすることができ、好奇心旺盛な私の魂はニンマリです。
そのための入門指南書として、この本の右に出るものはないと、私が長年、何度も何度も読み込んできている大好きな本の一つであります。
その中でも昨日は「夢とエッジ」について話をしました。
エッジとは専門用語です、その人のアイデンティティの境界であり、自己認識の枠組みを意味します。
それはその人の生きやすさを助けるものでもありますが、時にかえって生きやすさを邪魔するカベともなります。
生きやすさとは、柔軟な心のメガネを持ち得ている時に保障されますが、誰でも一定の世界観を持つため、自分の世界観以外の物の見方を許すことがとても難しくなります。
ゆえに「貴方の心の世界と、その意識の外にまだ未開発のまま残された、生きやすさにつづくアナザーワールド(開かれた価値観)を、鏡のようにうつしかえす専門家」が、お出かけ前にチェックするファッションミラーと同じように必要なわけです。
鏡を通してでなければ、等身大の自分自身を発見することはなかなか大変なことなのです。セルフイメージの外にもその人らしさはたくさんあるからです。
特に、その方のこだわりやコンプレックスが関与する場面に成ると、一気にエッジは発動します。本人も理屈なしに、(どのようなアイデンティティによってその心の揺さぶりが発生しているのかもよくわからないままに)アウトです(笑)
10年もこの微妙な世界を見つめ続けている私ですら、反応として瞬時に湧き上がります。
「あの人は私のことが好きじゃないんだ!」って。(恐るべし)
即座に私はそれが私の大きな誤解であり、私独自のエッジからくる思い込みであると処理できるだけのメンタリティ(自覚の力と心の器)が育っているため、
「出たー、また私の幻想!」と柔らかく受けとめています。
ですが、人間の「個性の種子」とは見事な渦(パターン)を持っており、金太郎飴の金太郎ちゃんのように、どこを切っても、それが登場するから、凄いと言えば、凄いです。
この自分の特性に自覚的になれる時、私たちは選択する行動が変わりやすくなります。
特に「夜見る夢」は、深い体験プロセスを促進する、マジカルなフィールドです。
ミンデルの著書『人間関係にあらわれる未知なるものーーー身体・夢・地球をつなぐ心理療法』(日本文芸社)
p77のパラグラフ「エッジと夢」について実際の私のケースをモデルにレクチャーしました。
大枠の仕組みは、次の通りです。
エッジは様々なものがありますが、そのエッジのせいで、皆さんはある特定の夜見る夢を見ます。時には、夢人物が登場することもあります。
その夢の暗示は、その人の現実における問題や傾向やトラブルの種を表します。
夢人物とは、決して「あの人」のことではありません。
あなたの世界観のエッジの向こうにある、あなた自身なのです。
例えば私は「夢に大崎さんが出てきた」と言われることがよくありますが
それは私のことではなくて、その人が見てる大崎さんという一つのキャラクターの象徴であり、とりわけ本人が自分ではないと誤解しているエネルギーを示唆していると、見ます。
その夢には、「エッジ」が大きく影響していますので、夢の真意を理解するにはその人の「エッジ」に注目することが大切です。
今このタイミングにおけるあなたのエッジを知るために、次の問いがミンデルさんのテキストには書いてありました。
<エッジをチェックする質問>
1「パートナー(好きな人やあの人)に決して言えないと思っているのはどのようなことか?」
2「どのような内的なイメージを最も恐れているか?」
3「破滅的な結果になるに違いないと思って、起こさないようにしている状況はどのようなものか?」
4「どのような身体感覚を忌み嫌っているか?」
5「どのような姿勢をとることができないと思っているか?」
*****
私の場合は次の通りになりました。(写真のホワイトボードがそう)
1「結婚したい」
2「絶縁」
3「仲良くすること」
4「今は肌荒れ、忌み嫌っているのは神経痛」
(身体感覚ではなく身体症状が出てしまいました😃)
5「逆立ち」
さてそんな「自分はこれは無理」というエッジから、この方(私ですが)の
「自己認識がどのようなものであるか」想像できるでしょうか?
これだけでは難しいから「夜見る夢」もチェックします。
その日の明け方に私はこんな夢を見ました。
「イギリス兵の帽子をかぶったある男性に迫られました。それは過去に私のことを<タイプ>と言って口説きながら、結果的に切った人でした」
ここで共時性ポイントに気づいていただきたいのは夢人物の設定が「(私を)切った人」というのと、私のエッジリストに「絶縁」を恐れていること、「仲良くすること」は破滅的ゆえに避けていること、「結婚したい」ということができないと思っていること、というのが、布置されている点です。
これにより見えてくることは、私は「切られる恐怖」によって、夢人物(魂の一部)になりきることができないというパターンを持っているとことになります。
夢人物の方向性を魂の一部として自己設定できるようになると、人はだいぶ変わります。
しかし、夢の文脈を現実的に(言葉の額面通りにに)解釈すると、その本質を捕まえることが難しくなり、なかなか「変わりたくても変われない」ことが繰り返されます。
ちなみに私の上記の夢は私が「異性ノイローゼ」に成ってしまっているのも、わかります。実際に私にはそういう節があります。過去のトラウマのなせる技とも言えるかもしれません。
ですが魂とは運命とはもっと奥が深く、何のために私をそのような境地に陥れているのかはもっと別の目的があるのです。
もう一歩突っ込んで考えることができます。
ご参加者は質問してくださいました。
「その男性は実際にはどのような人物だったのですか?」と。
夢に登場したのは、ある文筆家でした。しかしその人以外にも私は同様の経験を何度も抱えています。いい加減、うんざりとなっているのに、なぜここでまた失礼された人間に迫られなければならないのか???
魂のことがわかる方ならお分かりのはずです。
私がそれにならなくてはいけないからです!!!なのになれないからです!!!
その人に会いたいの❤️ではありません。
夢自我の私は夢でもしっかりタオセラピーをしています、その人の「日干支」を叫んでいました(笑)。
「己巳(きどのみ)だ!」と。ああ、呪われてるぅ〜。小さい私はぐったりしながら目覚めました。(己巳は、私の日干支と異次元融合しますから、そのエネルギーに私は触れると大いなる宇宙=愛の壮大さをその関係に投影します。そりゃいい気分です)
夢人物のルックの一部として、イギリス兵のような帽子はビロードでできていました。とてもエレガントな印象でした。その方の文章も女性的でエレガントでした。
いろいろな符号がここで一致します。
最近私がローズをアイコンにしたこととか。(ローズは私の中でエレガンスの象徴)
私の好きな人を凄いなと尊敬してしまう理由でもあるのですが
「(私の事を)物書きだからね」と称します。
カウンセラーをやってるんだ、って言っても、です。
しかし!私が「巳」(タオセラピーでは伝達表現本能のエネルギー)になれない理由の数々が
先の「エッジ」にあるわけです。
異性関係は「みんな結局私を切るから」と。
これは面白いことに、私の異性に対するエッジばかりとも言えません。
私は社会に対しても同様の思いを持っています。
私は社会に向かって前進すると結局、切られる結末だ!と。
事実、私の魂はそういう代物だとタオセラピーではわかります。
しかし、トラウマとか言っている場合ではありません。
社会も異性も怖いよ怖いよ、運命の意地悪(T . T)といじけている場合でもありません。
私はもっと伝達表現本能の化身とならなくてはいけません。
夢がそれを教えてくれているのです。このままではエッジ三昧の人生で終わりますよーと。
さもなければ、妙な異性ノイローゼから自由にもなれませんよーと。
特筆しておきたいのは、もしもエッジだけを処理しようとすると、「自分から結婚したいっていえば?」とか「仲良くしても人は去っていかないよ」とかのレベルのアプローチに終わるという点です。
しかしもう一歩突っ込んで、夜見る夢にまで掘り下げられると、問題の本質が見えてきます。
私が「巳」(へび)=伝達の塊になっていないから、私の異性関係はなぜかトラウマづくしになるのだと。
逆を言うと伝達の塊になれれば、必要な異性が勝手に歩いてくるでしょう、と。なぜなら私は自己の伝達の化身ですから、誰かのことをかまっていたり気にしたりしている余裕などありません。と。
このように、人間の心の問題とか関係の問題などは、論理レベルの問題でどうにかなるような話ではないのです。
さらにワークとしては、<「巳」(へび)になっている私とはどんな姿?>とチェックします。
私には「ジャイアンの姿」が浮かびました。
「いいから、俺にマイクよこせ!」とがなって歌ってる感じ、
下手だろうがなんだろうが、俺がいい気分を味わうために(笑)
これは怖いよ、怖いよ、という領域を解脱しています^^パチパチ。
やっぱり夜見る夢はすごいのです。
これと同等の領域にもぐれるのが「ユングの錬金術のワーク」ですね。
***
ちなみに、「伝達」とは何かと解くとき、「おせっかいで相手を配慮する」は「伝達」のようでいて「伝達」ではありませんので、気をつけましょう。古代東洋思想的に。
生粋の「伝達」とは、「自己の守り(確立)」「集団の守り(確立)」におけるものだからです。「おせっかい」は、結局、「引力本能」であり、自分に引き付けたい本能からの行動です。愛されたい、注目されたい。
ここで登場する「巳」(へび)を生きるは「自己の守り(確立)」と「集団の守り(確立)」のための「伝達」が求められていると、解するのです。
しかし過去の私ときたら、自分を表現するのではなく、ちょっかい出して引き付けて、表現しているつもりになっていました。世話焼きオバさん。でもそれでは正攻法の「他者を引き付けるプロセス」からはややそれます。
真に他者を引き付ける戦法は、どこまでいっても「自己の守り(確立)」と「集団の守り(確立)」について「伝達する」中にあります。
バレンタインデー直前だからと、強引なオチですけど、
もしも大切な人の気持ちを引きつけるためのメッセージを書くとするなら
「私という人はどういう人間か」
(あなたをどのように大切に思う人間か)
「あなたという人はどういう人間か」
(あなたはどのように私を喜ばせてくれる人間か)
「私たちはどういう二人か」
(一緒にいることで、二人がどうなっていると私の目に映っているか)
を表現することが真に胸に迫るものとしてよろしいかと紐解けるのであります。
「体を大事にしてね」も悪くないですけどね。
おせっかい焼いて引き付けたいのもありますし、
心配されて嬉しいというのもありますけど、ね。
でもストレートに響くのは、上の例のほうではないかと私は考えるのです。
相互関係のイメージが明確になるからです。(集団の守りと確立)
皆さんは、どう思いますか?
***
ジャイアン化が進んだのか、今日も文章が長くなりました。
しばらく、次のプロセスに進むまで、どうかお許しください😌
P.S.
「『人間関係にあらわれる未知なるもの』の精読クラス」に参加ご希望の方は
ご連絡ください。ikiruchikarasalon@gmail.com
現在、全12回中3回目が終わったところ(残9回)になります。
次回4回目は2月18日(日)19時〜21時です。
毎回ご参加者と翌月の日時を一緒に決めています。
過去に関係性のグループワークへの参加が4回以上の方 は
参加費用1回5000円+消費税×残回数
初めての方&上記以外の方は
参加費用1回1万円+消費税×残回数
似てご参加いただけます。
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